第5章 日々は緩く過ぎ去りて
来館する事は少なくなったものの、夜遅くに帰る時に視線を感じるようになった。恐らくあの利用者だろう。
何時も適当な道に逸れて尾行を撒いて居たが、相手も慣れて来たのか、家の近くギリギリまで付いて来るようになってしまった。まだ家を知られてないから善いものの、バレた暁には何をされるか判った物じゃない。わたしは溜息を吐いて中也さんに電話をかけた。
『如何した』
「あの利用者、また付いて来てるんですよ……。決定的な証拠も無いから追っ払えないし」
『今何処に居る?』
「公園です。街灯あるし大丈夫かなって……」
『莫迦、すぐ家帰れ!』
中也さんが焦ったように云うのが判った。
「え? 如何して──」
「如月さん」
ぞわり。全身の毛穴が広がるのを感じた。気持ち悪い、振り向きたくない。でもわたしの身体は気持ちとは裏腹に振り向いた。
わたしの後ろに居たのは例の利用者だった。
『泉! 逃げろ!』
中也さんの声が電話越しに聞こえる。わたしは通話を切る事も忘れて走り出した。
だが男の脚がかなり速い所為か、わたしは後ろから髪を引っ張られ、コンクリートにどさりと叩き付けられた。
「如月さん……何故僕をそんなに拒絶するんですか? 僕はただ君に一目惚れして、もっと知りたいから……君とこうしてお話してるのに……」
男が何もしてこないのを善い事に、わたしはスカートを払いながら立ち上がった。思い切り尻を打ち付けたから物凄く痛い。
男の気持ち悪い視線をなるべく見ず、わたしは最大限の冷たい声で云った。
「か弱い女の髪引っ張って突っ転ばせるのが『お話』なの? 随分乱暴なのね」
「だってそうでもしないと逃げるじゃないか!」
「夜道で追い掛けられたら普通逃げるわよ、当たり前でしょう」
わたしが云うと男は言葉に詰まった。やがて絞り出す様に云った。
「僕はただ、君を自分の物にしたくて……」
「残念、わたし恋人いるの。彼女が欲しいなら他当たって?」
瞬間、男の目の色が変わった。
「如月さんは僕の物だ、僕の物にならないなら……!!!」