第5章 日々は緩く過ぎ去りて
わたしは一週間ほど前から困っている事がある。其れは──
「如月さん、本が欲しいんだけど、見て貰える?」
「はい、何の本が宜しいですか?」
「そうだなぁ、今度山登りに行くから其れに関連した本が欲しいな」
「でしたら此方に御座いますよ」
この男である。中肉中背、短髪で如何にも普通の男といった風体の利用客。よく図書館に来てはわたしに本を探す手伝いをさせる男。
図書館で本を探す時、館員や司書にたずねる──レファレンスと言う──のは善くある事だし、其れを迷惑と思っている訳では無い。困っているのは別の事だ。
「此方の方は入門編ですね。あと、此方ですとかなり玄人向けの本になるので内容も難しくなります」
わたしは二冊の本を並べて説明をした。男は必要以上にわたしに近寄り、本を吟味している。本が見たいなら自分の手に取れば良いのに、何故かわたしに近付いて本を見るのだ。
「如月さん、次のお休みいつ? もし空いてたら一緒に行かない?」
「申し訳ありません、利用者の方とプライベートな関わりを持つ事はしておりませんので」
「そう云って何時も断るじゃないか。偶には善いだろう? バレなければ善いんだし」
困っているのは此れだった。執拗にデートに誘ってくる男に辟易していたのだ。
本を口実に近付き、其処から無理矢理二人きりになってデートに誘う。何回も此の男から受けた手口である。かと言って他にレファレンスが出来る館員は居ないし、司書はわたし一人だけ。必然的に男の相手をするのもわたしになるのだ。
男性館員が居ない時を狙って声を掛けてくる為、同僚に助けを求めるのも難しい。だから何時もさっさと切り上げてお帰り頂いているのだ。
「本は何方になさいますか?」
「折角だし、両方借りて行くよ。だから如月さん、俺と……」
「利用者の方とはプライベートでお会いはしませんよ。わたしに会いたければ図書館にいらして下さいね」
にこやかに跳ね返す。何時もの事に慣れたのか、それとも神経が図太いのか。其れは判らないが、男は「また来るね」と気持ち悪い科白を残して退館するのだった。
「大変そうだなァ、泉?」
フロアで溜息を吐いていると、後ろから声を掛けられた。
「中也さん……」