第3章 夜道にはお気をつけて
芥川龍之介襲撃事件(?)から数日後。仕事帰りにまたあの道を通っていた時の事だった。
「やぁ! 如月泉さん今晩は!」
「きゃああ!?」
何も無いはずの空間からぶらんと逆さまの人が現れた。まるで幽霊のように。
「……誰ですか」
例の事件が有ってから、わたしは夜道に現れる人は特に警戒するようになった。何時もなら太宰さんが家まで送ってくれるのだが、今日は書類が山のように溜まっていると国木田さんに聞いていた為、断ったのだった。
宙ぶらりんの人はにっこり笑って答えた。
「私? 私は神様!」
駄目だ話が通じない。わたしは諦めて横を通り抜けようとした。その時。
ぴぃん。
何かが引っ掛かるような音がした。
「……?」
「あぁ、成程」
自称神様は合点がいったように一人で勝手に頷いている。
「君は異能を持っているんだ。でもそれを封印されてる」
よっ、と自称神様は地面に足を着き、ぐっとわたしを抱き締めた。
「!?」
「しっ、動かないで」
とく、とく、とく。心臓が三回動いた時、パンっと体の奥で何かが弾ける音がした。そして直ぐに中から何かがせり出てくる様な感覚に襲われる。
「ぅ、あ? 何、これ」
出て来る感覚が無くなると、途端に足の力が抜けた。がくりと地面に座り込み、わたしは背後を見た。其処にはわたしの身長より大きな本棚が聳え立っていた。棚には本が沢山詰まっている。
「何、これ?」
「それが君の異能。『図書館(ライブラリ)』さ」
「ら、ライブラリ……?」
「そう。そこには君が今まで読んで来た本が入っている。そこから攻撃に使える本を選び、攻撃するんだ」
攻撃に使える本、と云っても、わたしが読んで来た本は主に医療関係とお伽噺。自称神様もそれを知っていたのか、「まぁ君の読んでた本偏ってるしね、今使える話は大まかに云うとこれくらい」と例を出してきた。
「まず一つは『茨姫』」
茨を出して相手を縛り付けたり鞭のようにしならせて相手を撃つ。
「もう一つは『眠り姫』」
その名の通り、この本を読む事で敵を眠らせることが出来る。
「後は『がちょう番の娘』『赤い靴』『人魚姫』とかも有るよ」
何れもわたしが読んだ事のある童話だった。
「最後は『始まりの女王』」
「……『始まりの女王』?」