第3章 夜道にはお気をつけて
【太宰side】
「後は……横浜に来る前の事ですかね」
余り善い思い出は無いけれど。彼女はそう前置いてからぽつりと話し出した。
「……わたし、横浜に来た理由は脱走なんです」
「脱走? 何処から?」
「孤児院。上級生からの虐めと院長の暴力に耐えられなくなって」
上級生には態と食事に虫を入れられ、院長には服で見えない所を殴られ蹴られ、最終的には性行為まで強要されたと云う。
敦くんと似たような境遇だった。女性でまだ若かったからこそ、敦くんよりも酷い目に遭わされたのだろう。
初めて彼女を抱いた時、彼女の身体が強ばっていたのはそう云う訳だったのか、と今更ながら納得した。
「……でもある時、耐え切れなくなって。つい、近くに有った硝子の破片で院長の喉元を刺して、逃げて来たんです」
院長が死んだかどうかは知らないと言う。だが刺した後ピクリとも動いていなかったと云うから、恐らく死んでいるだろう。
孤児院では沢山の本を読んでいた事が幸いし、今では横浜の図書館で司書として、また薬剤師としても働いているらしい。
「……御家族は?」
「両親は亡くなりました。身寄りもないし、わたしは兄と一緒に孤児院に居たんですけど、兄は先に里親に引き取られて。其れからは音信不通です」
連絡が取れたら善いな、何て思ったりもしますけどね。彼女はそう云ってくすくす笑った。
「わたしの両親……と言うか父はとあるマフィアの下級構成員だったんです」
母と結婚して直ぐに兄と泉が産まれ、彼女が小さい頃に両親はマフィア同士の抗争で死亡したと言う。
「その時争っていたマフィアの一つが、ポートマフィアなんです」
両親はポートマフィアの幹部に殺された、と聞いています。
「別に両親を殺した人を憎いとか思いません。犯罪者なのはお互い様なんだし。唯……」
「唯?」
「血の匂いと硝煙の匂い、悲鳴、怒号、銃声。全てが頭にこびり付いて離れないんです」
怖い。彼女はそう呟いた。
「人を殺したんです、わたし」
父も母も、わたしが手当てすればまだ助かった筈。院長に至っては自分から手を下した。人を手助けする司書であり、命を救う薬剤師であると云うのに。
「本当なら太宰さんとも探偵社の皆とも一緒に居ない方が善いんです」
「如何してだい?」
「だって、わたし、血塗れ、で」
「綺麗だよ」