第3章 夜道にはお気をつけて
「全く、芥川は野蛮だねぇ」
太宰さんに向けられた羅生門は何時の間にか消えていた。太宰さんの異能力の所為か。
「太宰さん……! 何故!?」
少年は驚いたように目を見開きながら太宰さんを見ている。太宰さんはにこにこと笑いながら云った。
「私の彼女がピンチなんだ、助けない訳無いだろう?」
大丈夫かい? 太宰さんは振り向き乍らわたしにそう訊ねる。わたしはこくりと頷いた。
「買い物袋も無事です」
そう云って笑ってみせると、太宰さんはきょとんと目を丸くした後、くくっと笑いを零した。
「全く君って子は……」
「いきなり笑って何なんですか失礼ですよ」
むっと眉根を寄せると、太宰さんは謝りつつも尚笑う。そんなわたし達を見て何かを感じたのだろうか。少年は大きな溜息を一つ吐いた。
「……太宰さん、僕は諦めない。必ず戻って来て貰う」
そんな捨て台詞を吐いて、少年は直ぐに姿を消した。
「……大丈夫かい?」
「は、はい……」
「……震えてるよ?」
「ひぇっ」
油断していた脇腹をつつかれ、わたしはがくんと膝の力が抜けた。地面に座り込む前に太宰さんに抱きとめられる。
「ふぐ」
「色気の無い声だなぁ」
「誰の所為だと……」
軽口を叩いても体の震えは治まらない。わたしはぎゅっと太宰さんのシャツを握りしめた。
「怖かっただろう、御免ね」
「……怖、かった、けど、太宰さんが来てくれて善かった」
あのままだったら、多分わたしは死んでいた。其れはとても怖い事だ。けれど、今わたしは生きている。其れは紛れも無く太宰さんのお陰だった。
「前はわたしが助けてたのに……逆になっちゃいましたね」
「ははは、そうだねぇ。……ねぇ。あの自殺未遂、実は全部わざとだって言ったらどうする?」
「…………は?」
わざと? わざとって、じゃあドラム缶に入ってたのも川を流れていたのも全部……?
「……え、本当に?」
「ははは」
「笑って誤魔化さないで下さい」
はぐらかし乍ら「家まで送る」と譲らない太宰さんに甘えて、二つ有った買い物袋を一つずつ持って歩いた。
「……君は何も聞かないのだね」
「聞いて欲しいんですか?」
聞くとしても家に帰ってご飯とお風呂を済ませてからですよ。そう云ってわたしは空いている太宰さんの手をそっと握った。