第16章 帰還
わたしは蒸留酒のグラスに口を付けた。カロン、と氷がグラスに当たる音が響く。
「……あのね、中也さん。わたし、あの時マフィアに誘われて凄く嬉しかったんです」
探偵社の事も太宰さんの事も忘れて、マフィアとして闇の中にいる方が善い。あの時は本気でそう思っていた。だから中也さんに付いて行った。
「……でも、太宰さんの事を忘れるなんて出来なかった。それどころから四六時中彼が付いて回りました」
わたしも呼ばれていた筈の会議の時、市街が混乱した時、中也さんは何時もわたしを部屋に閉じ込めた。怪我をしているから、危ないから、と。
強くなる為に、マフィアとして生きて行く為に此処に来たのに、わたしはずっとお姫様のように守られた。
でも探偵社に戻った後、わたしは敦くん救出の為に白鯨に乗り込んだ。大切に守る訳ではなく、わたしにできる大きな仕事を任せてくれた。
「わたしね、守られたい訳じゃ無いんです。人の役に立てれば其れで善いんです。それで、其の仕事は出来るだけ太宰さんの傍でやりたいんです」
そう云うと、はぁ……という大きな溜息が聞こえた。
「……要するに手前は太宰が居ねェと駄目って事か」
「そういう事です。なのでマフィアには戻りませんよ」
折角戦力になる紅葉さんとトレードしたのだから、其方を大事にしなくては。
ちびりと蒸留酒を口に含むと、くくっと今度は笑い声が聞こえた。
「マフィアの時とは別人だなァ」
「太宰さんと仲直り出来ましたからね」
「本当に好きなんだな、あの青鯖が」
そう問われ、わたしは大きく頷いた。「何処が好きなんだよ?」中也さんが揶揄う口調で問う。わたしはえっと言葉に詰まった。一つ一つ、ゆっくりと指折り数えながら言った。
「……わたしを救ってくれた所。ぎゅーってした時の匂いと、一緒に居て安心する所。凄く自由な所。何時もは何考えてるか判らないけど、ふと此方を見て優しく笑う所。他にもありますよ」
「そりゃ重症だ」
中也さんはグラスを煽りながらくっくと笑った。
「ま、心中しねェようにしろよ」
「わたしが人生に満足したらしてもいいかなって思います」
「怖ェ事言うなよ……」