第15章 生命を司る樹
「『マザー』……?」
「この世界の何処かに在ると云う、総ての生命を司る大樹の事だ」
周りの人間の痛みを吸い取り、自身の痛みに変える。その代わり、自分の痛みを消すことは出来ない。そう、まるで母親が子を守るように。
「君の異能はマザーの種の所為さ」
マザーは代々変わって行く。
わたしはわたしの命が尽きるまで、周りの痛みを吸い取って生きて行くしかないという。他人の痛みが自分の痛みになり、其れ等は決して消えず、やがて心も身体も傷だらけになり、マザーとして命を守る樹になるのだと。
「これを見てみろ」
フィッツジェラルドはわたしのスーツを脱がせ、くるりと向けて背中を露にした。
敦くん達がぎょっと息を呑んだ。
「この痣はマザーの子供である証さ。その証拠に……」
彼はわたしのスーツの裾を捲りあげた。見えた足は茶色く、正に樹の様な色に変色し始めていた。じわりじわりと変色する範囲が広がっている。
「この通り。お前は遅かれ早かれ樹になるんだ。だったら俺達の命を守る樹にならないか?」
フィッツジェラルドがわたしに手を差し伸べた。
「……っ、わたし、は」
言葉を紡ごうとしたその時、白虎の腕がわたしの目の前を過ぎった。
「そんな事させない!!!」
「おっと……危ないな虎の少年よ」
華麗に避けたフィッツジェラルドに、敦くんが立ちはだかった。わたしを庇う様に立つその背中は凛々しかった。
「泉さんがマザーだから何だ! 彼女は探偵社の仲間だ! お前なんかには渡さない!」
「その通りだな」
コツ、という靴音が聞こえた。黒い外套が真横で翻る。座り込んでいるわたしに、龍は冷ややかな視線を向けた。
「貴様は如何したいのだ?」
「え……」
「貴様が樹になった所で、僕や人虎が死なぬという保証は無いぞ」
そうだ、わたしが守り樹になったとしても、彼らを確実に守れるという保証は無い。それにまだ、皆と沢山お話してない。
わたしはきゅっと目を瞑り、大きく息を吸った。わたし、は。
足に力を入れて立ち上がり、フィッツジェラルドを睨みつけた。
「わたしは……皆と居たい。樹になるなんて、そんな運命ぶち壊してやるわ!」
わたしの言葉に、彼は愉快そうに笑った。
「随分云うじゃないか、マザー。だが忘れたのか? ──君は世界を狂わせる歯車だという事を」