第8章 愛馬
にこやかに女将が部屋まで案内してくれる。
佐助君は、この宿で一番いい部屋を私達に用意してくれていた。
そこは離れで、専用の露天風呂まで付いている。
部屋に着くと
「ここの露天風呂は、武田信玄公も湯治に浸かられたお湯なんですよ」
と、教えてくれた。
すると信玄様が女将に聞き返した。
「ほぅ。武田信玄が?」
「そのように記録が残っていましてね、特にここの湯を気にいっていらしたようで、長く逗留されたようなんですよ」
にっこり笑って、その武田信玄本人に伝えている……
のは、もちろん女将本人は、気付いていない。
そして女将が部屋から出て行くと……
「しかし不思議な物だな」
ポツリと信玄様が呟いた。
「ここのお風呂に来ていたんですか?」
私が問いかけた。
「いやー正直、色々な所に行ったことは行ったんだが……ここがどの辺りなのかすら、検討がつかなくてなー」
なんて笑っている。
「だけど『武田信玄が浸かった湯』と言うのは、今日からは間違いないですね」
佐助君が真面目な顔で言ってきた。
「そうだなー実際に今から入るからなー」
私の手を握って信玄様が微笑んできた。すると佐助君が
「じゃあ俺は、自分の部屋に荷物を置いてきます」
「え?こんなに広い部屋なのに一緒じゃないの!?」
思わず声が出た私に
「そんな野暮なことは出来ない」
また真面目な顔で佐助君が言った……
「すぐに戻ってくる。夕餉は一緒に食べても……いいですよね?」
「ははっ!もちろんだ!」
信玄様が笑顔で答えていた。