第5章 月
布団から出て、立ち上げる。
障子をそっと開けると、この夜と桜によく似合う刀剣男士が縁側に座っていた。
「おや、起こしてしまったか?」
真っ青な装束。横顔の瞳の中に光る月が見えた。
足音を立てない様にその隣に座る。刀剣男士を覗き込むとその瞳には三日月があった。
じっと見つめられると引き込まれそうな気もして、名前はなんだろう?と胸元と見る。名札は無く、名前が分からない。けれど、『月』が関係してそうな気がする。胸の家紋の刺繍が月明かりを受けて光っていた。
「ん、俺の名前か?すまんな、名札をどこかに無くしてしまってな…ははは。
俺の名前は三日月宗近。新しい主よ、よろしく頼むぞ?」
「三日月さん、ね……ん?それ、」
膝の上に抱えてあるのは、さっき夢に出てきた鉢植え。全く同じピンクではないけれど、花の形は一緒だった。
これか?と私と三日月の間に鉢植えを置く。
「さっき、夢の中で…おばあちゃんが花を愛でていたの。綺麗に咲いたね、成長したねって…」
その話を聞き、三日月はそうか、そうかとゆっくり頷いた。
春の夜に風が一度吹く。まだ少し寒い。
三日月は夜桜をしばらく見つめてから、私の方へと向いた。
「主よ、この花はな、先代が今の主…、"ハルカ"の誕生日に毎年植えていたのだ。本丸の気候、季節は主の霊力によって変えることも出来てな…
最近は春のままではあったんだが、体調を崩してからは、俺達が手入れをしていた」
いや、ちと春が続くと世話が大変ではあったがな、と三日月は優雅に笑った。
「この花はネリネ。ダイヤモンドリリーとも言うそうだ。その花言葉は『また会う日を楽しみに』
…まあ他にも『忍耐』『箱入り娘』ともいうのだがな。先代はここにいながらも、おぬしの事を思い続けていたぞ?ハルカよ」
「…そっか、だから大事に…、
もっと話が出来ていれば…」
三日月は首をゆっくりと振る。
髪飾りが月明かりを浴びてキラリと光った。
「会ってはならぬ、のでな。ただ、一度だけ。たった一度だけ許されて、真名も偽名も、名前を出さない事を条件に許されたのだ」
先代の思い、無駄にはせず、たった一度会った過去にも行ってはいけないぞ?と三日月は自身の人差し指を口元へと持っていった。
「それと…"先代には"話したことは内緒だぞ?」