第5章 月
「ふふっ、まんばちゃんキミ、カワウィーねぇー!」
うごめくてるてる坊主を撫でると、手を…いや、私の手首を掴む。掴む手は熱く、手汗で湿っていた。
パーカーを引っ張る力を緩めたのか、頬を染めたその表情を見せる。
「可愛くなんてないっ!」
「うん、うん。そうだね、かわ…大事にするからねー、まんばちゃん」
「今言いかけただろう!?」
気のせい、気のせいと言いながらもう片方の手で半てるてる坊主の頭を撫でると、フードを抑えていたもう片方の手で同じく捕らわれてしまった。
私の両手首は、目の前の青年の両手で拘束されている状態だ。
かぶった白フードは少しずつ背中の元あった位置に戻ろうとし、さっきよりも表情が丸見え。
エメラルドグリーンの瞳は、拘束した私の両手を見、それから私の目を見て、より一層顔を赤くして手を開放した。
「す、すまなかった!明日の朝起こしに来る!しっかりと寝るんだな!」
早口で早足で、障子をパンッと閉めて私の部屋を去っていった、真っ赤なまんばちゃん。
両手を捕らえた時のあの表情、可愛かったんだけれども至近距離であの整った顔は…ちょっと、心がときめいてしまうかもしれない。
さっさと寝ろとは言われてないけど歯磨きもしたし。なんか忘れてるような気がするんだけれど体が限界だ。今になって疲れを思い出してる。
ていうか、夕方に背中を打撲したはずなのにいつの間にか痛まないな、どういうことだコレ。
電気を消して、障子から漏れる月明かりが眩しいので、布団を深く被った。
****
夢を見た。いや、夢を見ている。
おばあちゃんが亡くなるよりも、少しだけ前の事のようだ。少し若い。落ち着いた色合いの上着にロングスカート、私が自室として案内された部屋で、デスクライトをつけて、机の上のものを愛でていた。
まるで私は幽霊みたいで、その場に近付いても気が付かない。
私はおばあちゃんの隣に立った。
愛でる先、鉢植えに咲くピンクの花。土からはちょっぴり球根が出ている。
「綺麗に、咲いたわねぇ」
鉢植えに小さなタグが刺さっている。
『ネリネ』
「成長したねぇー……」
ピンクの花弁を指先で撫でる。
慈しむように、でも悲しそうにも見える。
そこで私は目が覚めた。
部屋は薄暗く、障子からは眠る前と同じ様に明るい月の照明が差し込んでいた。