【R18】【ごちゃまぜ裏夢✿短編集】今夜はOKかもしれない。
第38章 呪術廻戦✿七海健人「夜の蝶」
まったく、この子って子は…。
女性のほうが用意に時間が掛かるというのに他人の男の心配をする。
が横で見ているなか客室に設置された自動精算機で支払いを終え、は財布を出したが男の顔を立ててくれとニュアンスを交えてホテルの前で別れることになった。
「それでは」
「あっ、あのっ、七海くん」
七海は視線だけ静かに向けた。
は物分かりのいい子だから分かっている。
「七海くん。ありがとう」
精一杯のつくり笑顔。
これで心置きなく呪いと他人と無縁の世界で生きられる。
「いえ。それでは」
は七海が視線を外すまで涙を流さなかった。
会社に戻ればいつも通りの二人に戻る。
いや、離れていくのだ。
が掴もうとしたその手を振り払ったのだから。
七海は最寄り駅で電車を待ち、腕を組んでぼんやりと明るくなっていく渇いた朝の空を見上げる。
「……………ぁ」
ふと思い出して上着のポケットに手を入れた。
そこには白い蝶がモチーフにされたバレッタがあった。
昨日、が付けていたものだ。
あとで返さなければと思ったのに、突然、手のひらに雨粒が降ってきた。
さっきまであんなに渇いた空をしていたのに。
どこからともなくポタポタと。
「ああ……雨が降ってきましたか」
* * *
それから山のように仕事が忙しくなった。
毎日毎日時間単位で動く相場と睨めっこ。
それが終われば若手が投資や保険の外回りをして、目標と時間に対するストレスとプレッシャーで激しく消耗。
はいつも通りだ。
エレベーターで一緒になれば明るく挨拶をしてくれる。
みんなにたまにお茶やコーヒーを出すことも。
でも、いつもとは違った。
一緒の残業にならなかったり、やたら目が合うことも、隣りに座ることも、無駄な会話も、しつこかった酒の誘いでさえ嘘のようになくなった。
の存在がどんどん手のひらから抜け落ちていった。