第7章 夜を生き抜くのは難しい
「主、いいかな?失礼するよ」
どうぞ、という声に障子を開けると青ざめた顔。僕を見るなりそれが少しやわらぐのを嬉しく思ってしまうのは内緒だ。
ホットミルクを乗せた盆を置くと寝具に身を包まず縮こまっていた彼女をすかさず抱き締める。
「君はまたこんなに体を冷やして...」
「へへ...ごめん...」
弱々しい声と縋るように僕の夜着を掴む手に心がぎゅう、となる。
彼女を想うようになってから......違うな、彼女を想う前から度々感じていたこのなんとも言えない感覚は、主によって心を与えられたという証なのだと今は思っている。
「...僕に温めてもらいたかったのかな?」
「そ、いうこと言わない!!」
夜着を掴む手が僕の胸をぺしんと叩く。
全く痛みは感じないが、おどけた言葉は彼女の緊張を解すには充分だろう。その頬はほんのりと赤くなり肩の力がふ、と抜けていく。
それを見計らって1度体を離すと胡座をかいて座り、その足の間に彼女を招き入れる。所謂横抱きという体勢だ。足元に膝掛けをかけてやるのも忘れない。 いつもなら恥ずかしがる所だけど、今はそれどころじゃあないよね。
ちょうど良い頃合のホットミルクをありがとうと受け取るとちびちびと飲んではほ、と息を吐く。
もう、そろそろ大丈夫かな?
だけど、僕は彼女を離さないし彼女も僕から離れようとしない。こうして過ごすことが心地よいと知ってしまったからだ。
何気ない会話を交わし笑い合う、その時間がどれだけ尊いものか僕らは思い知ってしまったからだ。
昼間は眠っている後ろ向きな感情が夜が深くなるにつれて溢れだしてくる、この身を持つまで知る事は無かった。きっと人はこうして自分一人では抱えられない厄介な何かと向き合いながら夜を過ごしていくのだろう、生きていくのだろう。
それでも少しでも楽になるならとお互いを思い合える僕らは幸せなのかも知れない。