第11章 【明智光秀】愛、故の戯れ①
「あぁ、さっきまで天主へ行っていた。縁談の話ならば断わったが」
その言葉を聞いて一同はほっとする。信長もこうなることは予想していたらしく、特に問題になることもなく話を終了したらしい。桜姫にもいらぬ不安を持たせてしまったと皆後悔すら覚えた。
「これで桜姫も安心するな」
「何の話だ?」
「お前の縁談話が出てから、あいつの様子が少しおかしかったんだよ」
政宗に事情を聴いて、光秀の心がチクリと痛む。ただの小娘に想いを寄せてしまっていた自分と、自分の事を気にかけてくれていたのかもしれないと言う彼女の情報に踊らされるかのように瞳を揺らした。
「それで、あいつはどこに行ったんだ?」
「だから、部屋にこもって……」
「部屋には行ったがいなかった」
しかし、誰も彼女が出かけたのを見ていないし、本当にここのところ部屋から出ることのなかった桜姫。一同は再び顔を見合わせて彼女の部屋へ足を向けた。
途中見かけた家臣や女中たちにも尋ねたが、誰も彼女の姿を見ていないと言う。
桜姫の部屋を訪れた武将たちは、特に代わり映えしない部屋の様子に首をかしげた。しかし、部屋の主が不在というだけにしては何か寂しさを感じる。
「もう日が暮れると言うのに、桜姫はどこに行ったんだ」
秀吉が心配そうに外を見つめた。
光秀もまた桜姫の顔を思い浮かべながら心配をしている様子で空を見上げる。
「三成、何か聞いてないの?今日、あの子と話したんでしょ?」
部屋の中で桜姫をいつまでも探している三成に家康が尋ねると、三成は今日の会話を思い返し始めた。
首をひねりながら、朝の会話を思い出す。
「わーむほーる……」
三成の発した聞き慣れない言葉に一同首をかしげる中、光秀だけが肩を揺らした。
「あいつは、わーむほーると言っていたのか?」
「はい、光秀様。確かそんなことを言っていました」
「……そうか」
光秀はその言葉を聞き、ある一つの仮説にたどり着き、何故か諦めたような表情を浮かべて桜姫の部屋に背を向ける。
「光秀、何か心当たりがあるのか?」
「いや、ただ小娘を探すのはもうやめにした。時間の無駄だろう」
秀吉に肩を掴まれて見据えられながらも光秀はいつもと変わらぬ顔でこの場を去ろうとしていた。