第11章 【明智光秀】愛、故の戯れ①
「光秀も桜姫の事、まんざらでもないって感じだったけどな」
刀の手入れをしながら政宗が言えば、秀吉も腕を組んだまま頷いて同意した。
新薬の味見を三成にさせていた家康もため息をついて秀吉に苦言を呈す。
「光秀さんの神出鬼没な所、何とかならないんですか?」
「俺に言うなよ。あいつの世話役じゃないんだ」
「光秀は縁談とか興味なさそうだしな」
キラっと光る切っ先に笑みを浮かべ、政宗が刀を鞘に戻すと同時に新薬を飲み干した三成は湯呑を机に置いた。
「肥前の姫君は…おそらく間者でしょうね。家康様、とても苦かったです」
サラっと怖いことを言う……が事実だろう。確かに遠方の国と同盟を結ぶのは天下を統一するためには有益であるが、なにせ遠すぎる。そこまで足を伸ばす理由が今現在、両家共に利があるとは思えない。そして、三成の分析によれば南西方面よりの戦略の可能性の方が高いと……。
「まぁこの縁談は上手くいかないだろうな。信長様の意向は分からないが……」
「そうは言っても桜姫の様子が気になりますね。秀吉さん何か聞いてないんですか?」
「俺か?何も聞いてないし、ここの所会話すらできてねぇ。三成の所にも数日前から来てないみたいだしな」
そこにいた全員の視線が三成に向けられる。
「今日はいらっしゃいましたよ」
その言葉に、今度は全員が驚きを見せた。ここ数日、何に誘っても返事がなく部屋からもほとんど出なければ、食事すらままならない様子だったのに、三成の所には出掛けていたなんて思いもよらなかったのである。
同じ御殿にいたはずの秀吉も知らなかった新事実だ。
そんな驚きが部屋中に充満している所へ、渦中の人物が現れる。
突然開いた襖の方へ目を向けると、いつものように飄々とした様子で光秀が立っていた。
「小娘は、ここではないのか?」
「部屋にこもってるだろ…ってお前、どこにいていたんだ」
いつも通り、秀吉の声が彼に投げかけられる。その問いには答えないまま光秀は眉間にしわを寄せていた。部屋には彼女はいなかったのだ。
「おい、光秀。信長様の所には行ったのか?」
小言を言う秀吉の背後から政宗が問いかけた。