第9章 【明智光秀】待人来る①
夜になり、城内にある光秀の部屋で寝支度をする。褥を共にすることは今までももちろんあった。何度一緒に寝ても恥ずかしさや緊張感が消えない。今夜も桜姫は様々な思いを巡らせながら光秀の隣に横になった。
朝の光が小窓から差し込み、うっすらと目を覚ました桜姫は、隣にその気配がない事を察して寂しさを募らせる。彼が眠っていたであろう所にそっと触れてみるがそのぬくもりはなかった。きっと真夜中に出かけたのだろう……。
「光秀さん……」
そう名前を呟いてみても返事があるはずもない。代わりに、光秀に用事があって尋ねてきた秀吉が声を掛けてきた。
光秀はいないことを告げると、襖が開きため息交じりの秀吉が室内へ入ってくる。まだ寝着姿で褥に身を寄せていた桜姫はうつむき加減で秀吉を出迎えた。
「昨夜は一緒だったのか?」
ぶしつけな質問だが、眉間にしわを寄せながら秀吉は桜姫の心配をしている。寝入るまでは一緒だったことや、出掛けるとは言っていなかった事などを伝えるが、それを伝えながらも自分はやはり光秀の事を何も知らないと認識させられているようで、どんどん肩が落ちてきた。
「あの野郎、どこ行きやがったんだ」
やや怒りの混じった声で呟き、桜姫に支度を済ませて広間に来るように告げた秀吉は、先に部屋を出ていってしまった。桜姫は部屋の中を見回して、なんとなくこうなることが分かっていたと自分い言い聞かせて支度を整える。
光秀は出かける時には桜姫を御殿に誘わない。稀に、御殿にいても急用があれば不在になることはあるが、桜姫を一人御殿に残していく事に罪悪感を感じているのか、自分が不在になるときは必ずと言っていいほど城に残すのだ。最近、なんとなくそれが分かってきていた桜姫は、昨夜もなんとなくそんな気がしていたことを思いだす。
帯を止めて、髪を結い、昨日光秀に外された簪を挿した。