第9章 【明智光秀】待人来る①
広間へ入ると、政宗と秀吉がいて笑顔で桜姫を出迎えてくれる。
朝餉が終わると暇があると言う2人が野原へと馬を走らせてくれた。秀吉の馬に一緒に乗せてもらい、政宗の作ったお弁当を頬張る。美味しい味が口いっぱいに広がって寂しい気持ちが少しだけ和らいだ気がした。
「良かった。少しは元気がでたか?」
秀吉の言葉に、桜姫は微笑みを返し大きく頷く。隣にいた政宗が肩を抱いてきたのでそっと身体を離してみるが、彼のスキンシップは激しくて、再び肩を抱き寄せられた。
「別にとって喰いやしない。お前に元気出してもらおうと思っただけだろ」
政宗も秀吉も、肩を落としていた桜姫のためにしてくれたことなのだ。
「でも、大丈夫だよ。光秀さんはそのうち帰って来るし、それが光秀さんの仕事だって分かってるから……」
そんなやり取りをしていた頃、偶然にも近くの山道を歩いていた光秀は、桜姫に付けていた忍びからの報告で彼女が散策へ来ていることを知った。
桜姫と離れていることの多い光秀は、彼女に何事があっても困ると考え、自分の抱えている忍び集団から1人を必ず彼女に付けさせていた。もちろん彼女にそのことは言っていない。そして日々、そこから桜姫の状況が報告されているのだ。
これと言って理由があったわけではないのだが、桜姫が来ているという野原が視界に入るところまで来てみる。足を止めてみれば、秀吉や政宗と楽しそうにしている姿が見える。
自分があれに変わってやれるわけではないと心の中では思いつつも、微笑みを向けている彼女を見て、胸のざわつきを覚えた。
政宗に肩を抱かれ、秀吉に頭を撫でられている姿……今の自分は彼女に触れてやることすらできない。
ほんの1町ほどの距離なのに、声を掛けることもできない……光秀は、来なければよかったと思いながら踵を返した。
今回の任務は信長のために、秘密裏に行われており、もちろん秀吉にも言わずに城を出た。大まかのことは信長には話してあるが、この仕事が終わるには数日かかるだろう。
桜姫に寂しい思いをさせていないとは思ってはいないが、出際に後ろ髪をひかれる思いはしたくなかったが故に、いつも彼女には告げずに出かけてしまう事が多かった。
「俺も、大概わがままだな……」
呟いた光秀は自嘲しながら、次の街へと向かう。