第7章 【豊臣秀吉】医食同源①
深々と頭を下げた家康の家臣は、次に続く秀吉の言葉を待っているようだった。桜姫が倒れたと聞いた秀吉は、一瞬目の色を変え息を呑んだが、すぐさまいつもの表情に戻る。
仕事をしていた信長と光秀も思わず手を止めて桜姫の容態を家康の家臣に尋ねたが、倒れて間もなくこちらに向かったため容体は分からないという事だった。
「秀吉、桜姫の所へ行ってやれ」
光秀がそう声を掛けるが、秀吉は、家康の家臣に仕事が終わり次第、家康の御殿に行くと言づけて、再び机に向かった。
信長は何も言わずに、秀吉の様子を見ている。命の危険があるようならば、急ぎ再び次の伝令が来るだろうが、戦で忙しい時期でもないのだから、愛しい女の元へ行ってやれば良いものをと思いながらも、ある意味不器用な家臣を見守ることにしたのだ。
だがしかし、信長の思いはあっという間に変えられてしまった。
家康の家臣からの伝言を聞いて四半刻ほど経った頃、信長は盛大にため息を吐くと、机をドンと叩く。
その音に驚いて顔を上げた秀吉と、薄笑いを浮かべている光秀。
「猿よ…、貴様、今日はもうよい、帰れ」
「……?御館様、まだ仕事は山積みで……」
それぞれの机に積まれている書類の数々を見ながら、秀吉が口を開くが有無を言わさぬ信長の鋭い瞳が彼を一瞥した。
「その程度の仕事、俺と光秀で十分だ」
「しかし……」
「貴様が足手まといだと言えば分かるか」
信長に足手まといと言われて、秀吉は顔を蒼くさせる。全身の血が冷えつくようだ。
「御館様っ!俺は……」
「戯け者っ、貴様が先ほどから桜姫の事で頭がいっぱいになっている事などお見通しだ。しかも、書状は間違いだらけ、手直しするくらいなら始めから俺がやる」
先ほどから、秀吉の作った書状や書類は間違いが多く、信長がいくつも手直しを加えていたのだった。
肩を落とした秀吉は、信長に頭を下げる。
「良いと言っている。早く行ってやれ。あやつが元気になったらこの貸しは返せ」
「御意」
信長は、しっしと手を外に弾き秀吉を天主から追い出した。その顔には怒りではなく部下への慈愛が含まれていて、秀吉は感謝を告げながら桜姫の元へと急いだ。