第1章 【伊達政宗】音の在処①
目が覚めたら遠乗りに行こう。
桜姫の望むところへ連れて行ってやろう。
美味い物を食べさせて、綺麗な景色を見ながら……口づけを交わして……。
「……桜姫」
日もすっかり暮れたにもかかわらず、行燈の火も灯さずにいる政宗は桜姫の傍から離れる様子はなさそうだった。
見かねた秀吉からの言伝で信長から呼び出された政宗はやっと重い腰を上げる。
桜姫の部屋では三成が行燈に火を灯していた。
手足の傷に薬を塗る支度をする家康も、あんなに力ない政宗を見るのは初めてだと気を揉み、いつもなら面倒だと思う三成の相手も適度に躱していた。
「政宗様は、大丈夫でしょうか?」
「何が?」
身体を拭くために湯で手拭いを絞りながら桜姫を見下ろす三成。手拭いを受け取った家康はためらいなく彼女の太腿と晒すと綺麗に拭いていく。
「桜姫様がこのまま御目覚めにならなかったら……」
「縁起でもない事言わないで」
拭いた手ぬぐいを放り投げるように三成に渡した家康は、青黒く落ちてきた痣をそっと撫でた。
桜姫がこうなってしまってから、安土の城はまるで戦で負けたかの様な静けさで各々仕事はしているものの何においても身が入らない気がしてならない状態であった。
周りの者にそれだけの影響を与える彼女である。恋仲である政宗の心情を思えば、得も言われない気持ちになるのは当然のことだろう。
戦でも始まれば政宗の気も変わるのだろうか?そんな事まで考えてしまう。
縁起でもない……。
家康はもう一度心の中でそう呟いて、桜姫の治療を再開させた。