第1章 【伊達政宗】音の在処①
政宗のいない間に乗馬の練習をしたいと言う桜姫の頼みを断り切れなかった家臣たちが数名付いて城下付近の丘へ行ったところ、ぬかるみに脚を取られた馬が急に暴れて落馬したという。
受け身もうまく取れないまま落ち転げたのだ…どの程度の衝撃であったか分からないが、打ちどころによっては命を絶えることもある。幸いにして一命はとりとめたが目を覚まさないという現状にさすがの家康も手をあぐねていた。
「身体の傷は右足に多くあるから、頭から落ちたとは思えない。落馬の衝撃というか精神的な衝撃が強くてこうなってる可能性も……」
「……ありがとな、家康」
いつになく心もとなく見える政宗の背中にため息さえつくのを躊躇う。襖を開け部屋を出れば、少し離れたところで政宗の家臣たちが心配そうにこちらを見つめていた。
どいつもこいつも心配しすぎ……と思いつつも大丈夫とも言い切れない自分自身に嫌気がさす。
家康が去り、二人きりになった部屋には桜姫の微かな呼吸の音と自分の心臓の音だけが聞こえるようだった。
安土はこんなに静かだっただろうか?
「……桜姫。戻ったぞ」
軽く微笑んで彼女の頭を撫でると、その額にそっと唇を落とした。
政宗が出かける前に交わした会話を思い出す。
川辺へ馬を走らせて逢瀬をした。いつも自分の馬に乗せて走るのが至福の時だった。
桜姫は自分自身でも馬に乗りたいと駄々をこねるから、時折乗り方を教えてやる程度だった。こんなことになるなら、もっとしっかり教えてやればよかったと後悔すら覚える。
『いつかね。政宗と2人で遠乗りをしたいの。早駆けだってできるようになりたい』
そう言っていた彼女だ。自分に内密に訓練して驚かせたかったのだろう。