第1章 【伊達政宗】音の在処①
多少、愛馬には無理をさせてしまったが予定通り一日で安土に戻った政宗は、一目散に桜姫の部屋へ向かった。
声も掛けずに勢いよく襖を開けた政宗は半ば息を切らせながら最愛の人物を見下ろす。褥に横たわる彼女はただ眠っているようで、見た目には大きな傷も見られない。
脇に座る家康がやっと戻ってきた人物を見上げ、小さくため息をついた。
ズカズカと我が物顔で部屋に入った政宗は心配の色を見せまいとしながら彼女の隣へ腰を下ろす。
そっと伸ばした手の甲で彼女の前髪を撫で微かに触れた温かさに目を細めた。
「待ってましたよ、政宗さん」
家康が口を開くと、政宗の視線が彼に向く。家康が容体の説明をしようと口を開きかけた時、廊下を走る足音がいくつか聞こえ、彼はまた小さくため息をついた。
部屋の前で止まったその足音に、政宗の身体が一瞬揺れる。
「政宗様っ」
襖の向こうから自分の名を呼ぶ声は良く聞き慣れた家臣のものだった。
返事をしない政宗の代わりに家康が、開襖を促すとゆっくりと開かれた襖とは裏腹に床が抜けんばかりの勢いで土下座をする家臣たちが現れる。
「申し訳ありません」
「我らがお側にありながら、姫様に……」
口々に謝罪の言葉を述べる家臣たちを背に、政宗はもう一度桜姫の髪を撫でた。
「気にするな……大丈夫だ」
誰に言い聞かせる言葉だろうか、怒りも悲しみも表さない政宗に家康のため息は大きくなる。
「お前たち下がって、桜姫の傷に障るから」
家康に宥められて桜姫に付いていた家臣たちはしぶしぶ部屋を後にした。
襖を静かに閉めた家康は、政宗の隣に座り直して事の次第を説明する。