第13章 【徳川家康】良薬口に苦し①
「桜姫、こんな所で寝ると風邪ひくよ」
薄っすらと頬にかかった髪を避け、柔らかなそこを手の甲で撫でた。ピクリと揺れた睫毛に少しほほ笑んだ家康はそのまま眉間に唇を落とす。
それに反応したかのようにゆっくりと瞼を上げた桜姫は、間近にあった家康の顔に驚いて目を丸くすると同時に頬を赤く染めた。
「……いっ家康っ」
「ずいぶん探したんだけど」
瞳を覗き込まれて身動きの取れない桜姫は、そのまま目を伏せてごめんなさいと呟く。
「針子部屋まで探しに行ったんだけど」
耳元で囁くように言われて背中がゾクリと震えた。上目遣いの状態で家康を見つめてみると、怒っているわけではなさそうだ。
「お詫びの印は?」
そう言って桜姫の唇を親指でそっと撫ぜる家康に、ドキッと胸を弾ませてしまう。彼の視線に吸い寄せられるように、触れられた指の熱が冷めないままに桜姫は家康の唇に自分のそれをそっと重ねた。
外で、こういう事をするのが好きではないくせに、時々、桜姫に意地悪を強いてくる。こんな所、滅多に誰も通らないのは分かっているがやはり誰かに見られたら恥ずかしいと思ってしまって、いつも以上に緊張していた。
そっと離れた家康の唇が弧を描く。
「許してあげる。ほら、身体が冷えてるから、部屋に戻るよ」
温かい季節とは言え、ずっと木陰で寝ていたのだろうか?軽く触れた着物もひんやりとした感触が残っている。
日向ぼっこは暑すぎるから、日陰を探して見つけた昼寝スポットはいとも容易く家康に見つかってしまったけれど、見つけてもらえたのもなんとなく嬉しかった。繋がれた家康の手は温かくて、指先が冷えているのは本当の事だったと実感する。