第1章 宵闇マリーゴールド【2部 シーザー】
月の光が柔らかく照らす室内に、ぽつり、ぽつりと会話が生まれては空気に溶けていく。
夜の情調のせいなのか、おれもチヒロもソファに包まれ、ただ静かにグラスを傾けている。
彼女が肘掛にほとんど預けた身体の曲線が気にならないと言ったら、嘘になるが。
どれくらい経った頃か、ふと、あまり酒に強くない筈の彼女が気になって隣に目をやれば、髪から覗く耳が赤く染まっている。
「チヒロ、そろそろ──」
「ジョジョは」
部屋に戻ろう、という言葉は、意外な一言で打ち消された。
「ジョジョは……とても、頑張っているわよね」
「…ああ、そうだな」
突然出てきたヤツの名前に怪訝な顔をしつつも、とりあえず話を合わせる。そんなにたくさん飲んだとは思えないが、思いの外酔っているのだろうか。
チヒロのグラスは既に空いていて、サイドテーブルの上に置かれている。
「メッシーナ師範代とロギンズ師範代の修行にも、よくついて行っているし」
「ああ」
「最初はどうなることかと思ったけど、リサリサ先生の指導も素直に受けているし、私やスージーとも…すぐに打ち解けたわよね」
それはもちろんそうなのだが、なぜ急にそんな事をおれに言うのだろう。
話が見えてこない。
「ジョジョ、は、」
俯いたチヒロが、小さな小さな声で言った。
「いったい、何を、見ているのかしら」
「……えっ?」
情けない声を出したおれの隣で、いつの間にか華奢な肩が震えている。
ああ、嘘だろ、チヒロ、まさか。
「今日…ジョジョ、が、スージーに、笑いかけて、たの……とっても、優しい目だった。
……私には、私のことは、あ…あんな目で見たり、しない、のに」
ぽろぽろ零れた涙が君の頬を伝う。
握りしめた両手の下で、服がしわくちゃになっている。
肩を抱いてやることもできずに、おれはただ、ソファに増えていく染みを見つめているだけだった。
END