第1章 宵闇マリーゴールド【2部 シーザー】
「やあ、驚いたな。おれは天国に来てしまったのかと思ったよ。なにせ、目の前に天使が現れたからね」
微笑みかけると、女の子は楽しげに笑った。
とても綺麗な瞳だね、と見つめるこの子の名前も素性も、おれは知らない。
でも、それでいいんだ。
素敵な女の子には声をかけない方が失礼ってもんさ。この国の男なら皆そう言う。
「シーザー、お待たせ……って、また取り込み中なの。先に帰るわよ」
「おいチヒロ、今行くよ。待ってくれ」
それじゃ、と通りすがりの天使に別れを告げて、俺は彼女に歩幅を合わせる。
「あら、ガールフレンドを置いてきてよかったの」
「なに、道に迷ってたんで案内してただけさ」
もうイタリアでの暮らしも長いというのに、東洋の島国出身のチヒロにとってはどうにもこの振る舞いは理解しがたいらしい。
ここは情熱の国だ。男達は声高に愛を語り、一族を何よりも誇りとする。おれにとっては当たり前のことなのだが、こうして街へ買い出しに出かけてくる度に似たようなやり取りが繰り返されている。
「そういう事は私のいない時にやればいいじゃあないの」
品よく整った唇から、はあ、とため息がひとつ。
さりげなく彼女の手から荷物を引き受けながら、おれは眉尻を下げる。
「悪かったよ。お姫様、どうしたらご機嫌を直してもらえるのかな?」
「そうね…なら、ジェラートでも奢ってもらおうかしら」
「お安い御用さ、僕のDolce」
もう、と口では言いつつも綻んだチヒロの表情に、おれも目を細めた。
誰にどれだけ声をかけようと、結局のところ1番は君と決まってる。