第14章 Orecchini【アバッキオ】
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数週間前、チヒロはある男と出会った。
男は手作業でアクセサリーを作っては、道端に作品を広げて販売している作家だった。
ふうん。
街の見廻りの最中、横目に見て通り過ぎようとしていた彼女はふと、ある作品に目を奪われた。
優しげな、少しくすんだ桃色の石をあしらったピアス。
シンプルな作りだが品があり、眺めていると気持ちが穏やかになるように感じる。
「…素敵」
自分でも無意識のうちに声に出ていた。
その言葉に、作家が顔を上げた。
「ああ、こちらですか。この石はこちらのピアスで最後なんですよ」
「そうなんですか」
チヒロが返事をすると、作家の男は彼女の顔をじいっと見つめた。更にピアスに視線を落とし、交互に見比べる。
「ふうむ…何というか、私はもう長年アクセサリー作りを生業としておりますが…こんな気分になる事は珍しいんですがね。
いや、しかし、この石は"貴女のための石"という感じがしますよ。本当に、お嬢さんにぴったりだ」
そう言って、老齢に差し掛かったその男は、本当に嬉しそうに笑い皺を作った。
チヒロは戸惑いながらも一瞬"調子のいいセールストークかもしれない"と身構える。…が、彼の態度から嘘の気配は感じなかった。
何より、自分でも心底気にいってしまったのだ。
「あの、このピアス…買います。ここで付けていってもいいですか?」
気づくと、そう言っていた。