第9章 prego【ナランチャ】
「そんじゃあ、仮眠室のベッドはチヒロが使えよ。オレはソファで寝るからさ」
身支度を終えた彼はそう彼女を振り返ったのだが、ここでとんでもない一言が飛び出した。
「うん、あの、えっと…それなんだけどね、ナランチャ……あの、い、一緒に寝てもらえない?」
「はァッ!!??」
今度は反射的に大声が出た。なんだかデジャヴなやり取りだが、それどころではない。
本当に、彼女は一体どういうつもりなのだろう?
「い、い、一緒にってお前…いッ、意味分かって言ってんのかよッ!?」
「ちがッ、変な意味じゃあないわ!でもその、ほら、あの映画で観たでしょう!?寝てるベッドの中にまで"憑いてくる"シーン…!!」
動揺を隠しきれないナランチャだが、そう言われて思い出した。
確かにそんな展開があった。ホラーというジャンルにおいて、聖域とも言えるベッドの中。そこにまで入り込んでくるゴーストの恐ろしさが際立つシーンだ。
つまり、"その光景を思い浮かべてしまって1人でベッドに居られない"という事らしい。
「う…いや、よっぽど怖いんだろうってのは分かったけどよ、でも…」
「お願いナランチャ!私お礼に何でもするから!一生のお願い!!!」
渋る彼に、チヒロはまたお願いを繰り返す。
ここで"一生のお願い"を使うか、と彼は思ったが、普段なら絶対に見せない彼女の弱りきった姿を目の当たりにして────遂に断る事ができなかった。