第6章 Farfalla【?】
チヒロは先程から気になっていた事を尋ねた。
もちろん1番良くないのは運転の荒いあの男なのだが、あんな所にじっとしゃがんでいたこの子もこの子だ。
ただでさえマナー違反が多いというのに、あれでは事故を起こしてくれと言っているようなものではないか。
「ああ…それは」
少年は目線を落とし、すぐそこの地面から何かを掬い上げた。
「こいつです。弱ってて、道の真ん中に落ちていたんです。どこかで翅を傷つけてしまったみたいで」
彼の掌の上には、一羽の蝶。
羽ばたきと言うのも憚られる程の弱々しい動きを繰り返すそれに、そっと声をかける。
「すっ転んだ時に君を潰しちまわなくて良かったよ。近くの花の上にでも連れてってやるからね」
意外な理由にチヒロは目を丸くしたが、すぐにふわりと微笑んだ。
「そうだったの……優しいのね。でも、周りには注意しないとダメよ」
「は、はい…気をつけます」
苦笑する少年の背に手を添え、共に立ち上がらせる。
「それじゃ、私はこれで。何度も言うけど、調子が悪くなったら病院にね」
「あ…ま、待ってください!そのハンカチ、洗ってお返しします!」
「気にしないで。そうね…代わりと言っちゃあ何だけど、その蝶をしっかり花の所まで届けてあげて」
気をつけてね、と手を振り歩いてゆく彼女の後ろ姿を赤い顔でぼうっと見つめたまま、少年はしばらく動けなかった。