第6章 Farfalla【?】
コツコツ、と足下からヒールの音が響く。
太陽は燦々と降り注ぎ、地面に木々の影を落としている。春の陽気…と言うには随分高く感じられる気温が、もう夏がすぐそこまで来ている事を示していた。
チヒロが歩くこの通りは人の往来こそ少ないものの、決して陰気ではなく落ち着いた印象を受ける。
が、こんな場所でも騒ぎというのは起こるものなのだ。
「えっ───うわあああッ!!!」
自転車のベルがけたたましく鳴り響き、少年が道端に転がった。
さっきまで彼が居たその場所を猛スピードで走り抜けながら、乗り手の男は振り返って叫ぶ。
「テメー危ねえぞッ!このバカガキがッ!!!」
すんでの所で身をかわしたせいで無残にも水たまりに突っ込み、泥だらけになった少年を気遣う気は全く無いらしい。速度を緩める事もなく道の向こうへ消えていく。
一部始終を目撃したチヒロはすぐさま彼に駆け寄った。
「ちょっと君、大丈夫!?ケガしてない?」
「う……う、…は、はい……大丈夫です」
倒れ込んだまま動かなかった少年だが、呼びかけに応えて顔を上げた。痛々しくも泥塗れの手で額を押さえている。
「災難だったわね。この辺り運転の荒い奴が多いのよ…自転車も車もね。頭が痛むの?」
話しかけつつ、ポケットからハンカチを取り出して泥を拭ってやる。
見たところ特に大きな傷は無いし、どこも出血はしていない。が、頭を強くぶつけたのなら問題だ。
「あ、だ、大丈夫です!もう平気です。ぼくって何故かこういう目に合う事が多くて……それよりすみません、せっかく綺麗なハンカチなのに」
「いいのよ。ケガが無いなら何よりだわ」
手を添えたせいで泥が付いてしまった額もそっと拭いてやると、少年の頰が赤く染まった。
「す、すみません、本当に…ありがとうございます」
「どういたしまして。何ともなさそうだけど、もし後から痛むところが出てきたら病院に行ってね。
…それにしてもあなた、何だってこんな道の真ん中にしゃがみ込んでいたの?」