第6章 新しい家族
「さて、おれが何で怒ってるか分かるか?」
ベッド脇の椅子に座り青筋を立てるマルコに対し、フレイアは首を明後日の方向にむけて切り抜けようとする。
「さ、さぁ」
「ん?」
「……禁止されてるのにトレーニングをしたからです」
「分かってるじゃないかい」
「いた、痛い痛い!! 頭割れる!」
小さな頭を鷲掴みにするマルコの目は笑っていない。なにせ彼女が言いつけを破るのは3度目だ。残念ながらマルコは仏ではなく医者なので、言うことを聞かない患者にはそれ相応の対応は取る。
「まったく、何がそんなに不満なんだよい。体が鈍らない程度の運動メニューは考えてやったろい」
「あんなのじゃ鈍っちゃうわよ……」
必死に彼の手から離れたフレイアは唇を尖らせながら主張するも、睨まれてしまえば何も言えない。
「初日はあんなに機嫌良さそうに寝てたのに、一体何があったんだい。誰かに何か言われたんなら聞いてやるよ」
「うんうん、皆んな優しくしてくれるよ。エルトンなんか毎回ご飯運んできてくれるもの」
「じゃあ何が不満なんだよい」
「……別に。弱くなるのが嫌なだけ」
まだ、彼らには言えない。
フレイアはそっと胸元のペンダントを握りしめながら俯いた。聞こえてくる海の声は自分と真逆に楽しそうだが、ペンダントを離してしまうと、直ぐに部屋の中は静寂に包まれてしまう。
(まさかお母さんの指輪を握ってる時だけ聞こえるとはね……)
何事も上手くいくことはない。大きく前進したと割り切るには、初日に持った喜びが大きすぎた。
その失望が、焦燥感が、彼女に立ち止まることを許してはくれない。
「……言いたくないならこれ以上は聞かねェよい。ただし、医者の言うことをきけ。早く治れば、もっとちゃんとトレーニング出来る」
「はーい。分かってます」
「だろうね」
その程度理解できないほど、目の前の少女は愚かではない。数日しか共に過ごしていないが、それくらいはマルコも理解していた。
(よっぽどの理由があるだろうな……少しでもそれを吐き出してくれた方が、こっちとしては助かるが……)
少しずつ理解していけばいい。幸い、時間はたっぷりあるぞ。兄貴らしく歩み寄ってやれ。
敬愛する白ひげに言われた言葉を思い出して、マルコはそっと少女を見る目を細めた。
この少女が自分から話したいと思うまで、見守るのが1番なのだろう。