第5章 解けた先に交わるものもある
今にも躍り出しそうなフレイアの様子に、思わずマルコが精神安定剤を探し始めた。当の本人は至極ご機嫌そうな顔で鼻歌を歌い始めている。
「まったく、子供ってのはここまで面白い生き物だったかねい」
「いいじゃねェか」
「オヤジ……」
「少しずつ理解していけばいい。幸い、時間はたっぷりあるぞ、兄貴らしく歩み寄ってやれ」
「……確かに」
そう言って彼女を見る二人の視線は、はるか遠くの父親達や兄達と同じ温かさに満ちていた。
「おい、大人しく寝てろ。また傷口を開かせたら、今度は塩を塗り込むよい」
「はーい」
「じゃあ、小娘は傷が治るまで任せるぞマルコ」
「了解」
「フレイア」
出て行こうとした白ひげにむかって、フレイアが強く自分の名前を主張した。
「ブローゾン・マーレ・フレイア。それが私の名前。小娘はやめてほしいわ」
「……」
じっとフレイアを見下ろしていた白ひげだったが、鼻を鳴らして背を向けた。
「怪我を完治させて、一人前の働きをしてからそういうことは言え、小娘」
「……」
最後を強調して発音すると、笑いながら医務室を出ていく。その広い背中に言い返せる言葉はなく、フレイアは黙ってベッドに寝転んだ。
「クク……負けん気の強い割に冷静だねェ」
点滴の速度を調整しながら笑うマルコにフレイアは窓の外を見ながら応える。
「お父さんから、常に状況判断できる冷静さは忘れないようにって言われてきたから」
「その割に剣聖はお前さんが絡むと頭に血が上るようだねい」
「そうね……私はお父さんにとって邪魔なのかも」
「おい」
「……お父さんが、私を見てお母さんを思い出してるのを知ってる。私を守ろうと必死になってくれてたのを知ってる。結婚して、私が生まれて丸くなったってレイさん達は言ってた。その変化が、お父さんにとって良いものなのか、私には分からない」
「……」
「だから、一度別れられて良かったのかもって思うの」
静かに、どこまでも穏やかで全てを受け入れるような聖母のような笑みを浮かべる少女に気圧されてマルコは押し黙った。
「離れている間に私は変わる。お父さんもきっと……その変化の上で、未来は考えればいいと思う」
「……難儀な親子だね」
「よく言われる」
屈託なく笑う少女にマルコは深い溜息を吐く。
(とんでもない娘をあずかったもんだよい)