第5章 解けた先に交わるものもある
甲板にコツコツと軽い足音とキャスターの転がる音が響く。ヒソヒソと会話をするクルー達の中を、背筋を伸ばしてフレイアは歩いていた。
(ビビらない。私みたいな小さいのが怖がって背中丸めたらそれで負けよ)
周り中自分より大きな男達なんて慣れている。見慣れている顔ぶれか否かという違いだと自分を律しながら、体の痛みを感じさせない動きで、しかしゆっくり歩みを進める。
「おーい、お医者さんよ」
「なんだい、エルトン」
フレイアの後を歩いていたマルコがそっと皆の集団に加わると、直ぐに銀髪の青年が寄ってきた。
「あの子の怪我大丈夫なのか?」
軽く顎でフレイアを指した青年にマルコは首を横に振る。
「……医者としては数日ベッドに寝かせておきたいくらいだよい」
「オイオイ。なんで連れてきたんだよ」
「オヤジのところに連れて行かないならロリコンだって言いふらしてやる! って騒がれたら仕方ないだろ」
「ウワァ……やるじゃんあの子」
軽く口笛を吹いて笑うのを見て、やれやれとマルコはフレイアに視線を戻した。
人混みを抜けて視界が開けると、甲板に置かれた大きな椅子の上に堂々とした姿を認めて、フレイアは一瞬立ち止まった。
「……」
しかし、向こうから何も言われないのを確認して再び歩みを進める。椅子に座って酒を飲んでいたこの船の船長、白ひげことエドワード・ニューゲートとフレイアが少しの距離を残して向き合う頃には、周りのクルーは一様に静まり返っていた。
「……」
「……」
数秒無言で見上げていたフレイアだったが、直角に近い角度で頭を下げた。
「ありがとうございました。お蔭で助かりました」
「……」
しかし、礼を言われた当の本人は何も言わずにジッと目の前の少女を見下ろした。
何分、いや、数十秒だったのかもしれない。頭を下げた状態で動かないフレイアを見つめ続けていた白ひげが、軽く息を吐いて口を開いた。
「いつまでそうしてんだ。そんな話をする為にマルコに連れて来てもらったんじゃねェだろうが」
低く静かな声を聞いてフレイアは顔を上げると、一歩近付いた。
「では、回りくどいことは抜きで言います」
今度は頭は下げなかった。代わりに凛とした強い瞳で、自分よりはるかに大きな目の前の男の目を見つめる。
「しばらく、この船に置いてください!」