第4章 新しい朝、そして懐古の夜更け
この痛みが強くなるほどに、海に触れている感覚が以前と同じ優しさを孕んだものに変わっていくのだ。
(あの墓守が言っていたことは、これであってるのかな……)
夢の中の出来事だ。しかし、あの夢はただの夢ではないという根拠のない確信が彼女にはあった。だからこそ、渋るシャンクスとバギーをこうして巻き込んで、こっそり海に身を委ねることを目を覚ました日から始めた。
「おーい、昨日の時間から二分経過したぞ!」
「分かった!」
「もう少し……」
「フレイア」
タイムキーパー係のバギーに返事をして、体を抱えたまま岸に戻ろうとするシャンクスをフレイアが止めようとするも、静かな声で諭される。
「約束を守らないならもう協力しないぞ」
焦らず、一定量ずつ負荷を増やしていくのは最初に決めたことだ。何があるか分からないこの行為が、本来推奨されることでないのはバギーもシャンクスも理解していた。しかし、表に出さないようにしながらも抱えていたフレイアへの負い目から、彼女の頼みを断ることができなかった。そんな複雑な心情を黙らせるための、精一杯の予防線が「おれ達が取り決めたペースで行う」という条件。
「いつになったら、前みたいになれるかな……」
気の遠くなるほど、以前の自分が遠い。唇を噛みしめるフレイアの身体に回した手の力を無言で強める。ただ、それだけしかシャンクスには出来なかった。
「レイさんがね、悪魔の実の力の使い方も覇気と剣術の間を縫って教えてくれるって」
「……そっか」
「……大丈夫かな。悪魔の力をつかいこなせるようなったら」
その先を彼女は口にしなかった。暗い顔をする二人にバギーはどう声をかけていいか分からず、頭をガシガシとかく。
「その、身体は」
「大丈夫。もう落ち着いたから。二人共ありがとう」
薄っすら笑みを浮かべてシャンクスの腕の中から抜けだすと、フレイアはそのまま船の方へ歩いて行く。月明りに照らされた小さな背中にかける言葉を見つけられないまま、シャンクスとバギーも無言でその後を追った。
「……ごめんね?」
並んできた二つの影にフレイアがボソリと謝罪を口にすると、ムッとした顔をした二人は彼女の頭と背中をそれぞれ叩く。
「だからおめェはバカだっていうんだよ」
「さっさと帰って寝るぞ!」
「……うん」
三つ並んだ影は砂浜に長く伸びていた。