第4章 新しい朝、そして懐古の夜更け
「マイアの数少ない形見だ。娘に渡すのに何が問題なんだ」
「お前の縋る先だっただろう」
「もう必要ない。そろそろ、過去を見るのは止めなきゃいけなかったんだ。今回のことで踏ん切りがついたよ」
ベッドから立ち上がり、医務室を出ていく男の背中をレイリーは黙って見送った。憑き物が落ちたのか、何か決断して心が軽くなったのか、いつもより眉間の皺が浅いファイの顔を思い出しながらベッドの上の少女を見下ろす。
「お前の父親はお前より弱いんだ。早く戻ってきてやれ」
「なァ」
「なんだよ」
「フレイア、目覚ましたかな」
「おいシャンクス、いいこと教えてやる」
「え?」
「お前3分おきに同じこと言ってるぞ」
バカの一つ覚えみたいなこと言ってないで手を動かせバカめ、と言いながらモップを動かすバギーの隣でシャンンクスも唇を尖らせながら掃除を再開した。
「あ、あの……」
「ああ?」
「ひっ」
「おいバギー、威嚇すんな。どうかしたか、二人共」
フレイアが助けた姉妹が遠慮がちに話しかけたのに対し、どこか不機嫌そうな顔をするバギーの頭を叩きながらシャンクスが笑顔を向ける。彼女の意志で助けたのだと頭で理解していても、現在進行形で眠り続けている妹のような存在を思い出せば優しく接することが出来なかった。
(むしろ、なんでこいつはこんなに親切に話せるんだよ)
当たり前のように笑って会話を続けるシャンクスに面白くなさそうな顔をしつつ、止まっていた手を動かす。
「バギーの考えてることは分かってるよ」
「……分かってんなら話しかけんな」
姉妹が去ったのを見てから話しかけてきたシャンクスに鼻を鳴らすと、背を向けて乱暴に床をこする。
「フレイアに怒られるぞ」
「あいつもテメェも甘すぎだ!」
「……おれだって許せない気持ちはあるさ」
静かな口調に、首から上だけ振り返る。モップの柄に顎をのせてどこか遠くを眺めるような眼つきをしているシャンクス。言葉が見つからずバギーが黙っていると、シャンクスは力なく笑った。
「でも……ファイさんでさえ怒らねェのにおれが怒って詰るのは筋違いだろ?」
「……やっぱり甘ェよ」
「分かってるけどさァ」
「ファイさんは一回キレてたじゃねェか」
「ああ、めっちゃ怖かったよな」
姉を押さえつけていた時の表情と殺気を思い出して、思わず揃って身震いした。