第3章 それぞれの夜
しかし、男はそんな彼女のことは意に介していない様子で自らの顔を隠していたフードに手をかけた。
「何者か、と問われても御大層な応えはやれないんだがな」
「……」
フードの下から現れた涼し気な垂れ目が驚いて固まっているフレイアを見据える。
「まァ……簡単に言えばお前の祖先であり、ここの墓守だ」
自分と同じ髪色と瞳の色、何より祖父とそっくりなその顔の造形に息をすることも忘れて見入る。悪ふざけというにはあまりに似すぎている男の姿に、男の言う荒唐無稽なことは真実なのだろうと悟ってフレイアは深く息を吐いた。
「……祖先って具体的には……?」
「数えるのが面倒になる程度には前だな。お前らの世界でいう……何だったか、セカイセイフとかいうものと同い年くらいだと思ってくれ」
「……」
めまいがして思わず米神をおさえた。あまりに情報量が多すぎて、上手く受け入れきれないのだ。
「ここは海の民たちが逝きつく場所だ。お前も死んだらここに来る」
「え? 私やっぱり死んだの?」
「まだ死んでない。お前は海の悪魔を体に入れたんだろう? 海の民にとっては猛毒を飲んだに等しい。限りなく死に近い状態を彷徨っているから、うっかり精神だけこちらに来てしまっただけだ。体が悪魔を受け入れたらきちんと体調も安定する」
「……とりあえず時間が解決することはわかったわ」
死んでないなら何でもいい、と言ってフレイアはその場に座り込む。気が抜けた途端、先程まで彷徨っていた暗闇を思い出して急に不安を覚えた。
(シャンクスとお父さんが来てくれて、悪魔の実を食べたところまでは記憶が確かなんだけどな)
じっと地面を見つめて黙りこくってしまったフレイアを、男は顎に手を当てて観察する。
(髪も目も変化がない。悪魔の力は確かに感じるのに……半日経っても安定しないのか……?)
「おい、ガキ」
「え?」
「お前……海は好きか?」
「は?」
唐突な質問に思わず間の抜けた声をあげる。しかし、男はそんなことを全く気にせず同じ質問を口にした。
「海は好きか?」
「……嫌いになる理由なんてないでしょう?」
心底不思議そうに首をかしげるフレイアの様子を見て、男が僅かに唇を歪めて笑う。
「ああ、お前はマイアの娘だな」