第3章 それぞれの夜
「この船に乗って二年後だ……あいつが悪魔の実を食べて……変わって行ったのは」
「え?」
慈愛に満ちていた瞳が陰ったのを感じてシャンクスが息をのんだ。悪魔の実が原因でマイアが変わってしまったのならば、フレイアも変わってしまうのではないかという不安が走ってグッと膝の上で拳を握る。
「街で海賊の奴隷だっった女の子が、遊び半分で食べさせられそうになっていたのを庇ったんだ。海に嫌われた物を食べるものじゃないってな」
「海に嫌われた物……?」
「お前もカナヅチになっただろう」
「ああ……」
思い出したくもない、という顔でバギーがシャンクスを睨むが、当の本人はきょとんと彼を見返す。
(こいつ、やっぱりいつかぶん殴ろう)
「あの時もおれ達の目の届かないところだった。今のフレイアより弱くて、というか戦闘力なんかない女が一人で何やってんだって話だよ」
茶化すように言いながらも悲痛をにじませるファイの声に、昼間の取り乱しようを二人は思い出していた。どちらかと言えば気が短く戦闘狂だが、いつも冷静さを失わない計算高い所がある男だ。そんな彼にしてはあまりにも不自然だった様子は、恐らく過去の経験からくる恐怖心。
「おれ達が駆け付けた時には手遅れで、今のフレイアと同じ状態になっていた。クロッカスでもどうしようもなくて、一生目を覚まさないんじゃないかって気が気じゃなった」
「ファイさん……一回」
「大丈夫だ」
グッと一瞬唇を噛みしめて、ファイが深く息を吐く。
「……丸一日寝込んで目が覚めた後、アイツは海の民の力を失っていた」
「……え?」
思いがけない言葉にシャンクスもバギーも目を丸くする。
「常に頭に流れ込んでいた海の声は聞こえず、海や海の生き物たちが応えてくれることも……フレイアなんか比べ物にならないくらい使いこなしていたんだけどな」
「そんな」
「……海に嫌われた物を体に入れた代償だろうと思う。それ以来、すっかり塞ぎ込んで毎日泣きながら過ごしてたよ……見てられないほどだった。何もしてやれなかった」
自嘲めいた笑みを浮かべて吐き捨てるファイにかけられる言葉を二人は持っていない。何よりこんな話を聞いてしまえば目の前の男以上に、医務室の少女が気がかりだった。
「そんなあいつが少しずつ気を取り直していったのは、フレイアを身籠っていることが分かったからだ」