第14章 嵐の前の帰省
それも海賊王の右腕……【冥王】と呼ばれた男が。フレイアはかつて船の上でその背中を見続けた男を思い出しながらグラスを傾けた。父親とは別の意味で憧れ続けていた男の存在は、未だに彼女の中に大きく残っていた。
「レイさん」
「どうした?」
「今なら私のこと抱ける?」
フレイアの言葉にその場にいた全員が酒を噴き出したり咽せて咳き込む。ひとり、シャクヤクだけが面白いものを見る目でフレイアとレイリーを見つめた。
「お前!」
顔を真っ赤にしたリオンが怒鳴るのも聞こえていないように、フレイアは「どう?」とレイリーに尋ねる。レイリーは小さく咳払いをすると、困ったように微笑んだ。
「お前が私を好きだったのは覚えているが、それは子供の憧憬だろう」
「今でも結構好きだけど?」
「……フレイア」
ぽんとフレイアの頭に手を乗せたレイリーは言い聞かせるようにゆっくり言葉を紡いだ。
「私にとってお前は娘のような存在だ。手は出さんよ」
「知ってる。冗談よ」
「出したら地獄からファイが這い出てきそうだから尚更だ」
「呪い殺されそうね」
周囲に与えた影響など知らぬとばかりに話題をファイに移していくフレイアとレイリーを見て、行き場を無くした怒りをぶつけるようにリオンはグラスの中身を一息に開ける。それを見たシャクヤクはクスクス笑いながら2杯目をリオンの前に差し出した。
「苦労するわね、イイ女に惚れると」
「あれのどこがイイ女なんですか」
「あら、イイ女だから惚れたんじゃないの?」
「……別に、惚れてないし」
視線を逸らしながらそう言うリオンに周囲にいたクルー達も笑いを噛み殺しきれずにいた。真っ先に笑い声を漏らしたレオーラが睨まれているのを見て、マリンとミレイは慌てて表情を引き締める。
「おれはどっちかというと、アイツの保護者の気分なんだけどな……」
「あら、保護者を気取るには君は独占欲がありすぎると思うけれど」
「……」
シャクヤクの言葉にグッと押し黙ったリオンは、横目でフレイアを見た。レイリー相手に笑顔で旅の話をするフレイアの横顔に、記憶の中の子供の頃の横顔が重なる。
笑っている顔ももちろん知っている……でもそれ以上に、何かを耐えるように厳しい顔をしていた方がリオンの記憶には強い。