第10章 カケラが集まって今になる
そんな彼女を現実に引き戻したのは、自らの船長の声だった。
「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ……探してみろ。この世の全てをそこに置いてきた」
その声に続いて聞こえた刃が肉を切り裂く音、そして一拍置いて響き渡る歓声。新しい時代の幕開けを告げるような広場の熱気とは裏腹にフレイアはこの上なく静かに涙を流した。しどと濡れて重くなったフードを両手でおさえながら唇を震わせる。固く閉じた瞼の裏に映るのは、いつも笑っていたロジャーの姿だった。物心ついた時からそばにいた父親の一人……その偉大な背中が泡のように浮かんでは消える。
「……船長……ありがとう、ございました……」
蚊の鳴くような小さな声でそう呟くのが精一杯だった。
そして、ひとり、またひとりと冷めやらぬ熱気をたずさえて広場を去っていく。シャンクス、バギー、フレイアの三人はその人の波に紛れるようにそっと広場から脱した。港口では海軍が集まった海賊たちと騒ぎを起こし、銃声や怒声が響き渡っている。それを見たバギーは小さく舌打ちを漏らした。
「しかし、ここからどうやって逃げるかだな」
「どうやって来たの?」
「貨物船の端っこに乗せてもらって」
「じゃあ私と一緒ね。シャンは……」
「なぁ……」
フレイアがシャンクスの方を向いた瞬間、シャンクスはいつになく真剣な顔で二人に向き直った。その様子にバギーとフレイアは小さく息を呑む。
「おれと一緒に来いよ! バギー、フレイア!」
「……!」
「な」
突然の言葉に二人は目を見開き、しかしバギーはすぐ眉を吊り上げた。
「おめェの部下なんざまっぴらだ、バーカ!!」
そう言い残して走り去っていく背中にフレイアは思わず手を伸ばす。しかし、あっという間に人ごみに紛れた小さな背中を追うことはできなかった。反対の手を力強く握る存在がいたからだ。
「っ……フレイア」
「……」
シャンクスの表情を見たフレイアは一瞬眉をひそめて泣きそうな顔をすると、必死に笑って見せた。
「ごめん、シャン。私は……帰らないと。お父さんには……お父さんの帰る場所は……私しかないから。だから、待ってて……先に行ってて」
そう静かに言ったフレイアを見てシャンクスは無言で手の力を抜いた。降りしきる雨の中、一組の男女は向かい合い……ひっそりと背を向けた。