第9章 それぞれの明日へ
「……シャンはきっと、私よりずっと先にこの海に戻ってくるんだろうな」
西の海からスタートしたいと言っていたシャンクスの言葉を思い出し、同時に未だに父親についていくことしか考えていなかった自分を顧みる。フレイアは溜息を吐きながら箒を握りしめた。
「次会ったら敵同士か」
フレイアはふと数年前のことを思い出しながら独りごちる。
ーーじゃあさ、もし真剣勝負で私が勝ったらウチのクルーになってね
ーーおお、負けたら従ってやる。言っとくが、お前も負けたらおれの言うこと聞くんだぞ
なんでもない日のなんでもない約束だった。しかし、フレイアにとっては最も身近な目標でもあった。それが現実味を帯び始め、期待と不安が入り混じって彼女の心を満たしていく。
(でも……シャンはもう忘れちゃってるかも)
苦笑いしながらそう考えると、フレイアはロジャーとレイリーを探すべく立ち上がった。しかし、その歩みは廊下の先から歩いてきた自身の父親の姿を見て止まる。
「フレイア、何してるんだ」
「船長たちを探してるんだけど……」
「ああ、それならデッキにいたぞ」
「そっか。ありがとう」
お礼を言いながらも行こうとしないフレイアにファイが怪訝な顔をしながら名前を呼ぶと、少女は意を決したように手を握りしめて声を絞り出した。
「あのさ、お父さんは船を降りたらどうするつもりなのかなって、聞きたくて」
「……」
「勿論、一緒に行くつもりだけど……」
「……そうだな」
ファイはフレイアの視線に合わせる様に腰をかがめて、少し寂しそうに笑った。
「おれの生まれた島に行くつもりだ」
「お父さんの故郷?」
「そうだな。辿り着くまでそこそこかかると思うし、そこにおれの家族がいるわけでもないんだが……」
「え。じゃあ何で」
「程よく治安が悪い」
全く答えになっていない言葉を言いつつ、ファイはフレイアの手を握った。自分より小さく、しかし剣だこで硬くなっている手の平を親指で押しながら続けて口を開く。
「良い所はいいが、おれが住んでたのは悪い区画の方だった。でも、お前が海で相手してきた連中に比べたら全然悪党も治安がいい」
「陸ってそういうものなの?」
「いや、あの島はわざと治安の悪い区域を残してるところがあるからな……まあ、住めば分かる」