第9章 それぞれの明日へ
「……それは、ユピレからもってことか?」
レイリーの言葉にファイはフッと笑みを見せた。
「むしろ、あのクソジジイから守ることしか考えてねェよ」
フレイアたちの方を見下ろしながら笑みを浮かべるファイの横顔を見て、レイリーも肩の力を抜いた。
「厳しいのか甘いのか分からんな」
「馬鹿いえ。この船で育てられたんだぞ? その辺の奴らに負けるような娘かよ」
「違いねェ」
「……ファイ、別れ方だけは間違えるなよ」
「……善処する」
ファイがそう答えると、レイリーは「お前の善処は信用ならねェな」と笑いながら言った。ロジャーがそれに吹き出すと、ファイは鼻を鳴らしながらデッキの柵にもたれかかる。
「ところで、いつまで抱き合ってるつもりだ……」
「お前、相変わらず心狭いな」
「……落ち着いたか?」
時間が経ち、腕の中が静かになったのを感じてシャンクスが声をかけると、フレイアは小さく頷いた。しかし、答えとは裏腹に顔をあげる様子のない彼女にシャンクスはどうしたものかと視線を彷徨わせる。
「……シャンは、いつ出ていくの?」
「おれ? おれは……ほどほどに、かな。出来れば故郷の西の海から出たいし、そこまで行ける船が出てるところで降りられたら万々歳だけど」
「そっか」
「フレイアは? あ、ファイさん次第になるのか」
「私は最後まで残るよ」
「え?」
首元をもぞもぞ動かしたフレイアは、体勢はそのままで顔を横に向けた。鼻や頬まで赤く染めたまま、目を閉じて言葉を続ける。
「船長に、最後まで皆を見送ってやってほしいって言われたから」
「そっか。フレイアに言われたら皆出ていくよな、そりゃあ。船長も考えたな」
「皆のことも、船が海に帰るのも全部見届ける」
ゆっくり開かれたフレイアの菫色の瞳は、もう濡れていなかった。それを見たシャンクスはホッとしたように笑い、天を仰ぎ見た。
「そうか。じゃあ、頼んだ」
「うん……あのさ、シャン」
「どうかしたか?」
顔の向きを戻したシャンクスに対して、フレイアは微妙に視線を外しながら「えっと……」と歯切れの悪い様子をみせる。
「……いいや、何でもない」
「何だよ、逆に気になるだろ」
迫るシャンクスの胸を押し、反動で立ち上がったフレイアは「私、片付けしないと」と言い残して走り去っていった。