第9章 それぞれの明日へ
「何やってんだ。こんなところで」
暗がりで膝を抱えるフレイアに対して心配そうな顔をしながら近寄ってきたのはシャンクスだった。その姿を視界にとらえた瞬間、フレイアは慌てて目元を手で拭う。
「あ、おい目腫れるぞ」
「……うるさい」
「うるさいってな……」
フレイアの目の前にしゃがみこみ、とりあえず乱暴に擦っている手を止めさせると、シャンクスは小さく溜息を吐いた。時すでに遅しと分かるほど重くなっている瞼にそっと自分の手を当てる。
「……熱い」
「ああ……酒飲んでたからな。吐き気止め貰いに来たんだけど、お前見てたら吐き気も消えた」
クスリと笑いながらそう言うシャンクスにフレイアは「そんなことあるわけないでしょ」とすげなく言う。しかし気分を害した様子もなく、シャンクスは目元にあてていた手を頭に移動させる。
「大丈夫か?」
そのまま優しく動かされた手に、先ほどのロジャーが重なり、フレイアの目元に再び涙が浮かんできた。それを見てシャンクスが慌てて手を離すと、フレイアは勢いよく目の前の男に向かって飛び込んだ。
「うわ!」
シャンクスは半ばタックルをするように突っ込んできたフレイアを受け止めて、後ろに倒れかけた体を手で支える。自分のシャツを掴み、首元に顔を埋めながら再び泣き始めた少女に、シャンクスは静かに問いかけた。
「ロジャー船長のこと、聞いたのか?」
コクリとひとつ頷いたのを感じて「そっか……」と言いながら、シャンクスは片手を僅かに彷徨わせる。
(撫でたらまた泣くかな……)
背中と頭の間をうろうろとさせていると、すぐそばのデッキで影が動いた。見覚えのあるシルエットにシャンクスは血の気が引くの感じながら首だけデッキの方を見る。
「……」
無言で手すりに肘を乗せているファイの無表情を見て、シャンクスは口元をひきつらせた。
(おれは悪くないです!!)
動けないため必死に口をパクパクさせながらホールドアップするシャンクスに対して、ファイは何も言わず手を軽く振りながら船の中に引っ込んでいった。その背中を何とも言えない表情で見送ったシャンクスは、身体をきちんと据え直し、フレイアの背中と頭に手を添える。
服を掴んでいたフレイアの手に一層力がこもり、かみ殺しきれなかった鳴き声が漏れた。