第9章 それぞれの明日へ
「フレイア、その床は自分で片づけるんだぞ」
「……はーい」
レイリーの冷静な言葉を聞いて現実に引き戻されたフレイアは破片が散らばっている床を見ながら返事をした。そしてふと顔をあげると、そのまま船長室の中をぐるりと見渡す。
「この景色も見納めか……」
「なんだ、寂しいのか?」
「当たり前じゃない!」
泣くのを堪える様に顔を歪めながらフレイアはロジャーを見た。その顔をみて、ロジャーは手を伸ばしてフレイアの頭をなでる。
「フレイア、海賊団が解散してもお前の故郷が無くなることはない。分かるな?」
「……はい」
「おれは一足先に降りるが、フレイアは最後までこの船と家族を見送ってやってくれ。出ていかねェ奴がいるなら追い出していいぞ」
「はは、私が出ていけなくなっちゃいそう」
フレイアは俯いたまま、自分の頭を撫でる大きな手の温もりをじっと享受していた。恐らくこの手に触れられるのが最後であることは、誰より分かっていた。
「……箒とちりとり取ってくる」
フレイアは大きく息を吐くと、それだけ早口で言って船長室を飛び出した。
出てきた勢いのままに船の中を走ったフレイアは、甲板に出たところで蹲る。そのまま潮の香りをまとった夜風に髪を揺らしながら、膝を抱えて体を震わせる。人が出払っている甲板に彼女のすすり泣く声だけが流れた。
(いやだいやだいやだ)
頭の中で、言葉にならない本音が木霊す。
フレイアにとっては生まれた時からいた場所だった。記憶にないほど小さな頃から、オーロ・ジャクソン号が家であり、ここのクルーが大きな括りでの家族だった。その中心にいたのは紛れもなく船長であるロジャーである。
彼女の根底を構築していたものの喪失についていけるほど大人ではなく、しかしそれを本人の前で泣き叫べるほど子供でもなかった。
「……」
鼻を啜りながらぎゅっと自分の両腕で自分を守る。思い浮かんでくるのは、ロジャーに貰った様々な言葉だった。
ーーフレイア、次は春島だぞ。お前桜見たいって言ってただろ!
ーー宝石みたいで綺麗じゃねェか。良いと思うぞ。
ーーお前はお前の生きたいように生きたらいい。それでこそ海賊ってもんだろ?
「……フレイア?」
突然呼ばれた名前にフレイアは恐る恐る顔をあげた。