第8章 Incomplete
「まァ、結果オーライってやつだな。こうしてゆっくり話ができる」
「さっき長くならないって言った」
「さァな」
睨むフレイアもどこ吹く風といった様子で流したユピレは、優しくフレイアの頭を撫でた。
「……怖くなかったか?」
「え?」
「海の声が聞こえなくなって、不安にはならなかったか」
突然穏やかになった祖父を見て、フレイアは数度目を瞬かせた。
(グランドラインの天気みたいな人よね……)
知っている中で1番気まぐれなものを当てはめて小さく笑いながら、彼女は首を横に振った。
「怖くなかったよ。家族がいたし、それに、夢の中で先にご先祖様が教えてくれたから」
「ご先祖様?」
「そう。墓守で……そのお墓にはお母さんもいるって言ってた」
その言葉に、暫く思案するような素振りをみせたユピレは「なるほど」とひとりで納得したように頷いた。
「俺とそっくりだったろう」
「うん!」
「……そうか、奴と会ったのか。じゃあ話は早いな」
目をスッと細めたユピレは頭に乗せていた手でフレイアの右手を強く握った。そして、戸惑っているフレイアに顔を近づけて内緒話をするように小声をだす。
「いいか、これから話すのは海の民の役割の話だ」
「役割?」
「そうだ。力には責任が伴う。その責任を果たすための役割だ」
「……」
真剣な眼差しに縫いとめられ、フレイアはその手を離したい衝動に反して体が動かなかった。ただ、これを聞きたくないという想いだけが頭を占めていた。
「……海の民は常に中立であらねばならない。それがこの世界の多くを占める海に愛された人間の定めだ」
「中立……」
「お前は全てを話すには、まだ世界を知らな過ぎる。だが、悪魔の力を得て海に否定されながらも、まだ海を愛するというなら……そんなことは本来なし得ないことだが」
「どういうこと? ねぇ」
話を半分も理解出来ていないフレイアはユピレの手をすがるように握る。しかしユピレは困ったように笑うだけだった。
「マイアには無理だったことだ。あいつは否定されるまま怯えて否定してしまったから」
「……」
「お前にはまだ望みがある。それなら役割を果たさなくてはならない」
「具体的には?」
フレイアの問いにユピレは静かに答えた。
「親元を離れておれと一緒に来い」