第8章 Incomplete
「まだ寝ないのか? 疲れているだろう」
「ビスタ……まぁね。でも逆に眠れなくて」
深夜、デッキに寝転んで星空を見上げていたフレイアの隣にビスタが腰を下ろす。両手に持っていたマグカップの片方を差し出すと、礼を言いながら受け取ったフレイアは湯気を立てるホットミルクにゆっくり息を吹きかけた。
「強かったか? あの男は」
「まあまあ? 手こずったけど負ける気はしなかったかな」
僅かに酒の匂いがするホットミルクに目を瞬かせて口をつけたフレイアは、未知の風味を伴ったミルクに僅かに顔をしかめた。
「ああ、酒はダメなんだったか」
「ダメというか……親に禁止されてるだけ」
「今日くらい構わないだろう。頑張ったからな」
「……エルとの約束を破っちゃったけどね」
乳白色を眺めながらポツリと呟いた声は僅かに掠れていて、とても小さかった。それを律儀に拾ったビスタは苦笑しながらも何も言わなかった。
「ところで、行く前に言っていた件は答えが見つかったのか?」
「……」
ビスタの言葉にフレイアは軽く頷いてゆっくり言葉を紡ぎ始めた。まだ彼女自身、きちんと言葉にしきれていないように辿々しい口調ながら、その声音には迷いはなかった。
「お父さんが前、守りたいものが増えて弱くなったって話をしてたの。何も持ってなかった方が、失うことに怯えなくていられたつまて。でもそれは私にとって違くて……私は私の大切な人を守るための強さが欲しい。どんなに強くても誰もいないのは寂しいから」
「……」
「でも私の大切な人たちは、大人しく守られてくれる人達じゃないから、私は自分の目標のために絶対足を止めてられない」
目蓋の裏に映るオーロ・ジャクソンと……モビー・ディックで出会った新しい家族にフレイアはそっと笑みを浮かべた。その優しい慈愛に満ちた顔にビスタは僅かに目を見開き、すぐに顔を逸らした。
「そうか」
「私にとって目標はお父さんを超えてお父さんの主張する強さを否定すること!」
大きな声で言い切り、フレイアは空へ向かって手を伸ばした。僅かに欠けた月が彼女の掌の中に消える。
「今は背中すら見えないけど、いつか絶対に超えてみせる」
「楽しみだ」
自分のマグカップを傾けながらそう言ったビスタにフレイアは居住まいを正して頭を下げた。
「だから、これからもお願いします」
「勿論だ」