第8章 Incomplete
しかし伸びてきたのが切っ先ではなく拳だと確認した瞬間、フレイアは柄から手を離した。鈍い音が甲板に響き、体が地面に叩きつけられる。衝撃で咳き込むフレイアの胸倉を掴もうとするエルトンをマルコは慌てて羽交い締めにした。
「エルトン! ちょっと落ち着け!」
「はな、せ!! もう一発殴ったら落ち着くから!!」
「フレイア1人のせいじゃねェよい!!」
「……別に殴られてもいいけど」
「お前は話をややこしくすんな!!」
殴られて切れた唇の血を軽く親指で拭ったフレイアは気まずそうな顔でエルトンを見た。殴った本人の方が泣きそうな顔をしているので、周りもかける言葉が見つからない様子で顔を見合わせている。
「……わかってるよ。あいつが自分で選択したことだってくらい」
顔を伏せて絞り出すような声を出すエルトンが握り締めていた拳をゆっくり開く。それを見たマルコがゆっくり手を離すと、大きく深呼吸を2、3回したエルトンは軽く目元を拭って顔を上げた。
「……悪い、あんまり手加減せずに殴った」
「大丈夫よこれくらい」
「……落ち着いたか、バカ息子」
「ごめんなさい」
白ひげは軽く頷くと、地図を広げ直したマルコを見た。
「どうだ」
「まとめ役の屋敷を向こうが使ってんなら、レオーラの取ろうとした策は十分理に適ってるよい。問題は……」
「そこそこ強かった剣士と、そのバックにいる変な男」
「2人以外は有象無象か?」
「ああ、弱くはないけど強くもないって感じだ」
フレイアと2番隊の話を聞いて考える素振りを見せた白ひげは、黙りこくっていたエルトンを呼ぶ。憑物が落ちたような顔で見上げたエルトンを静かに見据えると、ゆっくり口を開く。
「その剣士を担当するか、レオーラの捜索を優先するか、お前が選べ」
「……レオの捜索。剣士はフレイアがリベンジしたいだろ」
「!」
突然名前が出て肩を震わせるフレイアにエルトンは悪戯っ子のような笑顔を見せる。
「あれ、負けっぱなしでよかったか?」
「は!? 負けてないから!! 万全なら余裕よ!」
「だそうだから、俺はレオを探しに行く」
白ひげは小さく頷いて立ち上がった。それに全員が注目する。いつもは賑やかな甲板がひっそりと鎮まりかえる。静かに出されていく指示を聞き逃さぬよう、全員が真剣に彼を見上げた。