第8章 Incomplete
「……チッ」
浮き足立ってはいないものの、戦闘にまともに向き合えていないまま少しずつ後退していく。フレイアも大味な太刀筋で敵との距離を稼ぎながら走った。
「どうすんだ、昼だろ船長達」
「まだやっと朝だな」
「敵がこの島から逃げなきゃどうにでもなるでしょ」
「言うねぇ」
物言いから彼女もかなりイラついていることを察して、皆顔を見合わせた。いつもは年齢不相応なほど落ち着いている子供が、珍しく随分と心がかき乱されている。その事実が自然と他の者の心を落ち着かせていた。
「あ、もしもし?」
「……?」
囮班のまとめ役をしていた男が電伝虫に向かって話しかける。まさか、レオーラを捕まえた奴からかと視線を集めた者達の耳に予想に反して嬉しそうな声が飛び込んできた。
『皆! モビー・ディックが到着した! こっちで説明は進めておくから早く戻ってこい!!』
「は? だって予定じゃあ」
『エルトンが嫌な予感がするって駄々をこねて猛スピードで飛ばしてきたらしい』
「あいつのレオーラに関するセンサーどうなってんだよ」
嬉しいやら呆れるやらで一堂が複雑な顔になる。しかし、光明が見えたのは事実であり、フレイアはレオーラの顔を思い浮かべた。
(待ってて。絶対に戻るから)
ぎゅっと胸元のペンダントを握り締める。海の穏やかな声が耳に流れ込んで、いくらか心が落ち着いていくようだった。そんな彼女の様子を隣を走りながら見ていたティーチは、どこか意味ありげな笑みを浮かべていた。
「その指輪、随分大切そうだな」
「母の形見よ」
「お前の母親っていうと、海軍の親父がいるっていう」
「そう、有名なのね」
「まァな。あの『剣聖』をおとした女だ。有名にもなるさ」
「私は写真でしか見たことないんだけどね」
フレイアが力なく笑った。死んでも一緒にいると、懐古する対象ですらない。もはや知らない人間も同然の母親の形見に縋っている。そんな自分が少し滑稽だと思っていた。
「……その指輪、こんどゆっくりみせてもらえねェか?」
「ダメよ。これは私の宝物だから」
「そうか」
残念そうな顔をしたティーチに「海賊がそうそう宝を、一時的でもひとに渡すわけないでしょう」とすげなく言い、フレイアは走ることに集中し始めた。