第8章 Incomplete
「動いちゃダメだよ」
「なんで」
お互い視線は渦中に向けたまま、殺気立つフレイアとは裏腹に冷たい目線をしたレオーラは平坦な声を出す。
「住人がこれだけいるところを戦場にするつもり?」
「だからって……!!」
食って掛かろうとしたフレイアの口が思わず止まった。冷静に見えたレオーラの瞳の奥で暗い殺気が蜷局を巻いているのが感じられ、気圧されたのだった。
「我慢を覚えようね、君は」
「……」
走ってきた親らしき男が必死に哀願して、子供達が解放されていくのを二人は黙って見届けた。唇を真一文字に結んで目を閉じるフレイアを一瞥したレオーラは、一度大きく息を吐いて彼女の頭を叩いた。
「出来ることはある。今やるべきことを成すよ」
「……分かってる!」
小さく強い声で応えた少女にフッと笑みを零すと、レオーラが先行して屋根を降りる。大通りから外れた裏道で、人気が無いことを確認して歩き始める。島を占領しているらしい男達とは遭遇しないよう気を尖らせながら歩いていると、向かい側から人の気配が近づいてきて立ち止まる。
「どうしたもんかな」
「レオーラ、こっち」
近くにあった家同士の隙間を指さしたフレイアに怪訝な顔を浮かべる。入ることは出来るが明らかに不審者だ。渋い顔をするレオーラに痺れを切らしたフレイアが無理矢理彼を突っ込むと、後に続いて自分も入り込む。小さく息を吐くと、路地の方へ両手を向けた。
「材質、大きさ、模様……」
ブツブツとフレイアが呟いた、次の瞬間、路地とフレイアの間に大きな壁が出現した。
(ああ、便利だな……こういう使い方もあるのか)
改めてフレイアのソウソウの実の能力の汎用性を実感してレオーラは小さく口笛を吹いた。当の本人は上手くいった安堵からか、口許を緩めながら壁を撫でている。
「痛いところはないか?」
「大丈夫」
「そうか、お姉ちゃんも怖かったな」
壁の向こうから聞こえる声。その会話から、先程の家族だと気付いたフレイアの顔が一気に曇った。それを見て肩に手をおいたレオーラの表情も決して明るくはなかった。