第8章 Incomplete
「そんなにエルが気になるの?」
「え? 僕なんか口走った?」
「そういうわけじゃないけど、何となく雰囲気が」
珍しく目を軽く開いたレオーラは「ああ、まあね」と適当な返事を返しながら男達でごった返している甲板を見た。
「あいつ、僕がいる前提で戦うから……今本船の方で何かあったら大変だなって」
「心配性ね。あいつ強いわよ」
「はは、それは君より分かってるよ。付き合い長いからね」
「付き合いが長いから何も分かってないんじゃないの?」
「手厳しいなァ」
唇を歪めて笑ったレオーラが目を細めてフレイアを見下ろす。
「それを君に言われるのは心外かな」
「……」
「一番付き合いが長いのは”自分自身”だよ」
「本当にエルトンと違って嫌味よね」
「あいつが素直過ぎるだけね」
笑い飛ばすレオーラを見て拗ねたような顔をして膝に顔を埋めた。
(もう見失ってない。この一件が片付くころには……)
「あいつが生きてくれれば何もいらない」
「?」
「僕の戦う理由。強くなった理由。僕はあいつが笑ってられれば何でもいいんだ」
「え、こわ」
「不合理だけど、これで案外大きな理由になるんだよ。誰かのためってさ」
冷たい夜風が二人の髪を揺らして肌に刺さる。レオーラの灰色と赤の瞳はどちらも胡乱に目の前の光景ではない、どこか遠くを見つめていた。それを見たフレイアは喉を鳴らして唾をのむと、小さく息を吐いた。
「じゃあ……エルがいなくなったらどうするの?」
「……さあ、その時になってみないと分からないよ。少なくとも今の僕は生きていけないかな」
「弱いわね」
「ふふ、まあね。僕は決して強くはないよ」
一度目を閉じて、いつも通り糸目でフレイアを見た。口許に笑みを浮かべた普段と変わらない様子に、背中を冷たい汗が伝う。
「でも、強くありたいと思う。だから寂しくても寂しいとは言わないよ。野暮なことをつっこんでこないの」
軽くフレイアの額を手の甲で叩いて笑う。その様子にフレイアは深い溜息をついた。
「レオの地雷は分からないわ」
「ははは、そう簡単に読まれるような人間ではないよ」
「面倒くさい」
「ばっさり切り捨てないでよ……」