第8章 Incomplete
「お父さんの背中を追ってちゃダメ……か。難しいなァ……」
食堂に食器を持っていき、何も仕事のなかったフレイアは難しい顔をしながらモビー・ディックの中を歩いていた。高い天井をぼんやり見上げながらフラフラ歩く姿に、すれ違う者達は一様に怪訝な顔で彼女を見ていく。
「お父さんに全部教わったのに、お父さんの背中を見るなって言われてもね……」
「なにシケたツラして歩いてんだ」
「オヤジさん……うーん、ちょっと」
突然視界に入ってきた大きな影に動じずそう返すと、眉をひそめて見下ろす白ひげと目があった。
船長をはじめとして身体の大きな者達も多くいるこの船は、総じて大きなサイズ感で作られており、年の割に大きいと言っても普通の人間の域を超えない彼女にとっては大概のものが大きかった。その為か、この船で過ごす内に「自分より大きい」存在への驚きも恐怖も一切抱かなくなっていた。
「皆んなに心配させておいてなに言ってんだ、アホンダラ」
「え、皆んなって」
「皆んなは皆んなだ」
「……」
まじか、と呟きながら頰を赤く染めたフレイアが軽く頰をかく。それを見た白ひげは無言で彼女の頭を押す。よろけたフレイアが不思議そうに見上げると、やれやれと言った顔で口を開いた。
「おれの部屋で聞いてやるからさっさと歩け小娘」
「小娘じゃない!」
「学習しねェガキは小娘で充分だ!」
「それで、今回は一体どうした」
船長室の大きな椅子に腰掛けた白ひげが尋ねる。向かい側でそれに比べて随分小さな椅子に座ったフレイアは居心地が悪そうに俯く。
「そんなに大それたことじゃないんだけどな」
「自分が今晩出なくちゃいけねェのを忘れてねェだろうな? そんな顔でまともに戦闘に参加出来るのか?」
「戦闘になったらちゃんとするわよ! それくらい弁えてる!」
「その戦闘のことで悩んでるやつが、か?」
ムキになるフレイアを見て小馬鹿にした表情で言われた言葉。それに思わず言葉を詰まらせる彼女を見て、白ひげが鼻を鳴らした。
「何もしらねェと思うなよ」
「……ビスタのお節介やきめ」
「世話焼かれなきゃならねェ自分を恨むんだな」
「……私にとってはお父さんが完璧なのに、その背中を見てたら超えられないなんて言われたら困る」