第8章 Incomplete
「知ってる」
笑いながら隣で空を見上げるレオーラを横目でみて、直ぐに視線を戻す。
「エルはいつも僕を守ってくれたね」
「今じゃあ守られてばっかりだけどな。フレイア見てると、おれもまだまだがむしゃらに頑張らないといけねェのかなって思うよ」
「そうだねェ……僕らもまだ若いしね」
「その言い方は少し年寄り臭いけどな」
肩を震わせるエルトンを横目で睨むと、レオーラは立ち上がった。
「僕は早朝発つから、皆に迷惑かけないようにするんだよ。マルコは明日の夜まで安静らしいし」
「お前はおれの母親か」
「そんな胃痛で死にそうなポジションお断りだよ」
先程の仕返しだとばかりに切り捨てて降りていくレオーラをみて唇を尖らせると、エルトンはゆっくり自分の剣を握った。
(あの時、マルコは明らかに狙い撃ちにされてた。理由があるとしたら、あいつの食べた悪魔の実が希少種だからあいつ自身が高く売れること)
人間を平気で売り買いする奴等がいることを知っている。浮かんできたレオーラの顔に唇を軽く噛んで強く鞘を握り締める。
「あいつの目はゴミ共の見世物にされていいものじゃない」
守りたいけれど、今の自分にはその権利は与えられていない。歯がゆい、行く当てのない怒りを感じてエルトンは見張り台の縁に拳を当てた。
「……フレイア……頼んだぞ」
目を閉じて祈るように呟いたエルトンの言葉は誰の耳にも届くことなく風に攫われて消えて行った。彼とて少女の前では絶対に言えない言葉だった。
「マルコー、調子はどう?」
朝ご飯の載ったトレイを持ってフレイアは部屋の扉を開けた。中のベッドでは、上半身だけを起こして本を読むマルコの姿があった。マルコは少女の姿を一瞥してページをめくる。
「問題ねェよ。もう退院したいくらいだよい」
「船医からそれはダメって言われてるから却下」
「おれだって船医の端くれ」
「それを言い出したら『黙れ若造』って言っとけって」
「……」
老年の船医の顔を浮かべて反論の代わりに深い溜息を吐いたマルコは大人しく引き下がった。それを見てくすくす笑ったフレイアはトレイをベッドの脇に設置されたテーブルに置き、自分の使用しているベッドの上に座った。
「ね、マルコ。少し聞きたいんだけどいい?」
「改まってどうした」