第8章 Incomplete
ばっさりと切り捨てたフレイアに苦笑いを浮かべながら「顔をあげろ」とビスタが促す。ゆっくりと顔をあげたフレイアは覚悟の宿った瞳で彼を見つめた。頭上の月より強い光を孕んだその目を見ると、フッと力が抜けたような笑みがビスタの口から零れていた。
「……お前の父親に余計なことするなと怒られないか?」
「手放した人間に縛られる理由はないわ。海賊は自由じゃないとね」
「そうか」
父親すらも一蹴する言葉に笑みを深めながらビスタは軽く頷いた。
「いいだろう。ワッチの入っていない夜中ならいつでも相手になろう」
「ありがとう!」
嬉しそうに、安心したように柔らかく笑うフレイアをみてビスタもニヤリと口角をあげた。
「可愛い妹の頼みだ。断る理由がない。それに……お前が父親に勝つところを見てみたいからな」
「任せて!」
不敵に笑って見せるフレイアに満足したのか、ビスタは立ち上がった。フレイアを見下ろしながら、少し戸惑いがちに口を開く。
「……レオーラが無理しそうだったら頼むぞ」
「大丈夫よ。無茶は専売特許だもの」
「自慢にはならないな。早く寝ておけ」
ひらひら手を振って去っていくビスタの背中を見つめ、視線を月に戻す。母親の指輪を月光に翳し、強く握りしめる。
途端に心が穏やかになるような安心感を覚えてフレイアは手を開いて指輪をじっと見た。細かい細工の中央で青黒い石が鈍く存在感を主張している。
(……海楼石を触った時と同じ。やっぱりこれは海楼石なのかな。でも、どうしてお父さんはそんな指輪を……海楼石は加工が難しいはずなのに)
改めて自分は何も知らないのだと思い知らされてフレイアは眉を顰めて指輪をはめた。途端に海の声が強く聞こえ、そっと目を閉じた。
どうやら明日は穏やかな一日になるらしい。