第8章 Incomplete
その日の夜、フレイアは甲板に寝転んで独り月を見上げていた。時折思い出したように手に持った刀の鞘に指を走らせたり、爪先で叩いたりと弄ぶ。しかし、視線はずっと空に開いた白い穴に向けられていた。
「……何かあったのか?」
突然聞こえた声に驚くこともなく、フレイアは生返事を返した。コツコツと軽い足音が近づき、視界の中一杯にシルクハットをかぶった男の顔が広がる。
「ビスタ……こんばんは」
「月見か?」
「……考え事」
素っ気ない応えに気分を害した様子はなく、黙ってフレイアの隣に腰を下ろして同じように空を見上げた。僅かに欠けた月は雲一つない星空の中で煌々と存在感を示している。
「惜しいな。明日か明後日には満月だろう」
「いいのよ。完璧であることに意味があるのは剣だけだから」
「ほう……完璧な剣か」
「無理だと思う?」
「どうだろうな。少なくともおれは見たことない」
何かを懐かしむように目を細めながらビスタは言葉を重ねた。
「今まで数多の剣士と切り結んできたが、勝った相手も負けた相手も完璧ではなかったな」
「……私のお父さんは?」
「『剣聖』か……どうだろうな。おれは彼の本気を見たことがない。それなのに判断を下すわけにいかないだろう」
まァ本気じゃなくても勝てないんだが、と笑うビスタを一瞥してフレイアは視線を自分の刀に戻した。父からもらった刀……の複製品。父と同じ透明な刀が欲しいと言った彼女にファイが「これを完璧に使い熟せたら」と渡したものだった。
「……完璧よ。あの人は剣に関しては完璧」
「そうか」
「どうやったら覇王色をうまくコントロールできるかって考えて、結局無心で刀を振ってたの」
上半身を起こすとフレイアは両手で刀を握った。黒い鞘が月の光を浴びて艶やかに光っているのを見て、そっと目を閉じる。
「お父さんにすべて与えられてきた。でも、それじゃあお父さんのいる場所に一生辿りつけない」
「……」
「心技体すべて、私は何もかも足りない。だから……」
ビスタに向き直ると、フレイアは深く頭を下げる。予想外の展開にビスタが目を丸くしていると、静かな声が彼女から聞こえてきた。
「私に稽古つけてくれませんか」
「……驚いたな。何でおれだったんだ? エルトンの方が仲良いだろう」
「エルの才能任せの剣は私と合わない」